高齢になった経営者の後継者が未定であるといった理由で、事業承継を課題とする中小企業が多数に上り、社会問題化していることは、ニュース等で皆様もよくご存じのことと思います。よく指摘されることは、「後継者が不在であることが課題であり、早くから後継者を探し、育成していくことが必要」といった意見です。こうした背景から後継者に関するマッチングサービスをはじめ、中小M&A仲介サービス機関の登録制度や、事業承継に関する「ガイドライン」の策定等の制度整備が近年急に進められてきました。しかしながら、そのような取組みだけで十分なのでしょうか。

 事業承継に関する制度面での拡充といった点に関心が向きがちですが、そもそも承継対象となる事業に魅力が乏しいことが事業承継が円滑に進まない本質的な理由と考えられるのではないかという課題認識から、本コラムでは事業承継に取組むポイントを取り上げます。

 

1. 事業承継を課題とする中小企業のボリュームゾーン

収益性があり財務面に大きな問題も無く、将来性のある事業に関しては、仮に後継者が不在というケースであっても、内情を知るメインバンクの金融機関や主な取引先等から事業継続に向けた具体的な支援策の提案がなされるケースがあります。これは、収益性や将来性を備えた優良事業者が廃業してしまっては、金融機関や取引先にとってデメリットに他ならず、何とか事業継続を支援して将来に繋げようという想いが働くためです。

 以下の図は、事業承継を課題とする中小企業のボリュームゾーンに関して、(1)事業の将来性(2)事業の収益性の2つの軸に基いたイメージを表したものです。

後継者が見つからないということには相応の理由があり、そもそも会社が赤字であったり、負債が膨らみ財務が傷んでいるケースや、本業が低迷し事業の将来性が見込めないといったケースでは、後継者として手を挙げる人はまずいないであろうということが考えられます。事業や会社が置かれた状況を客観的に認識の上、単に後継者を探すだけではなく、収益性の向上をはじめ事業や会社の魅力付けに向けた各種の取組みを進めることに優先して取り組むべきと言えるのではないでしょうか。

 

2. 事業そのものの魅力付け

後継者を見つけたり、M&Aによる売却を図ることで事業継続を実現するには、是非承継したいと思われるように、事業そのものを魅力付けしていくという視点が欠かせません。自社が直面している課題は何であるのか、将来を見据えて何にどう取組んでいくかということを整理のうえ、具体的な方針や施策を立案し、実行に移していくことが重要です。

 以前のコラムでは、経営者保証がネックとなって事業承継が進まないことから『経営者保証ガイドライン』が定められた経緯について、ガイドラインの概要と併せてご説明しました。経営者保証についてはガイドラインの制定以降、確かに減少傾向[1]にありますが、その割合は徐々に減少しつつあるといった緩やかなトレンドであり、依然として貸手の金融機関は事業者への融資に際しては保証を要求していることが分かります。これは裏を返せば、中小の事業者のボリュームゾーンは依然として前掲したイメージ図の通り、収益性および将来性に富むものとはいえず、事業リスクを抱える以上、慎重にならざるを得ないという貸手の本音を示しているのではないでしょうか。

 〝後継者として手を挙げたくなる、メインバンクや取引先として放っておけない“、そうした魅力に富む事業や会社に発展させていくことが、事業承継成功のカギになると考えられます。

 

3. 魅力付けに向けた具体的な取組み ~経営デザインシートの活用

 事業そのものの魅力付けに向けた取組みの第一歩として、事業や会社の現状と将来について様々な角度から思考し、今後の方向性や課題について検討することは有効な手法となり得ます。事業承継というと、株式評価額の算定や税金対策といった手続き面に焦点が偏りがちですが、昨今の不透明感の増す経営環境において、予め承継後の方向性や優先して取組むべき課題を明らかにしておくことは、承継後の新体制において安定した経営を継続していくための“転ばぬ先の杖”として、大きな意義があると思われます。

 検討に際しての具体的なツールとして、内閣府がフォーマットを定める『経営デザインシート』がお勧めです。内閣府 知的財産戦略本部のホームページでは、本シートの各フォーマットをダウンロードすることが可能で、実際に記入された事業者の活用事例も多く紹介されています。経営デザインシートは、現状認識だけでなく、後継候補者をはじめとする関係者と対話するためのツールとしても活用出来るように構成されています。複数の事業を営む事業者向けなど幾つかの種類がありますが、骨子はシンプルかつ共通するもので、事業環境の変化や将来の成長を見据えて、自社における「これまで」を把握したうえで、「これから」のありたい姿について整理するためのフレームワークとして構成されています。経営デザインシートを活用したいが、実際に作成するのは煩雑で難しそうという方にとっては、以下に掲載する簡易版の利用がお勧めです。

 自社の事業における「これまで」と、「これから」のありたい姿、の双方を比べてみることで、具体的に何がギャップや課題で、解決に向けてどうしていかなければならないか、という漠然としたことが、より明確になってきます。当然、本シートを作成するだけで経営上の課題が解決される訳ではありませんが、普段、日常の業務をこなすことで精一杯という状況において、事業や会社の将来を含めた全体俯瞰することで、新たな気付きを得る機会となり得ます。この〝気づき“こそが、重要な役割を果たすことになります。こうした取組みと併せて、具体的な承継候補者の選定をはじめ、株式評価額の算定や納税等に関する対策、事業承継時にネックとなる経営者保証に関する解除に向けた折衝といった手続きを着実にこなしていくことが、円滑な事業承継に向けたカギとなり得ます。

 また、経営者ご自身だけでは検討が難しいといった場合には、事業承継の支援機関へ相談することも良い方法です。例えば親族に承継者がおらず、外部承継(M&A)を図ろうとした場合、具体的にどのような手順を踏んでいけば良いのか、M&Aに向けて事業や会社の価値を高めるにはどのような取組みが必要となるのか、もしくは承継を断念して廃業を選択する場合の流れ等、複雑で屋用な各手法を分かりやすく、総合的に検討のうえ、〝ベスト・ソリューション“を導き出していくことが、承継者の選定を含め、事業承継の課題解決に向けた取組みを進めるためのポイントとなります。

 

[1]経営者保証のない新規融資は徐々に増加。ただし、融資全体の約9割は経営者保証付き。

(中小企業庁金融課 https://www.chusho.meti.go.jp/kinyu/hosyoukaijo/2020/200204kaijo02.pdf)

 

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