皆さんこんにちは行政書士の稲垣です。今回は地元密着で経営している、中小企業経営者の事業承継対策についてお話をしたいと思います。今回は地元密着ということで、より小規模な企業の事業承継対策を想定してお話をさせていただきます。私は信用金庫に勤務していましたが、信用金庫は地銀の取引している企業と比べても比較的小規模な会社が多かったので、その頃の経験を踏まえてより具体的なお話ができたらと思います。

会社の後継者を誰にするか

前回のコラムでもお話しましたが、中小企業の経営者の相続対策と事業承継対策は密接に関わっており、同時に進めていく必要があります。そこでまず検討しなければいけないことに会社の後継者を誰にするかということがあります。現在中小企業の後継者不足が問題となっており、2021年の中小企業白書によると70代経営者の後継者の不在率は約40%となっているとのことです。また事業は黒字にもかかわらず後継者不在を原因として廃業する企業も多くあり、廃業事業者の6割が黒字倒産となっているとのことです。一方で後継者が存在し、事業承継を実施した企業については、当期純利益成長率が同業平均値と比べ20%高くなり、労働生産性も上がるというデータがあります。実際に私が過去に担当していたお客様においても、事業承継により業績が向上したお客様がいらっしゃいました。そちらの会社は地元でも有名な老舗の菓子店であり、創業者である先代の頃から堅実な経営をしておりました。事業承継により長男に代表を任せたことにより、ネット販売の強化、SNS映えする商品の強化などの若者ならではの施策を講じて新たな顧客を創出されました。このように円滑な事業承継は新たな経営者の視点やアイデアを取り入れることにより、更なる事業の発展につながる可能性があります。

また事業承継は引継ぎ先により以下の様に分けることができます。

親族内承継

現経営者の子をはじめとした親族への承継。中小企業においては最も一般的な承継形態。心情面や、長期間の準備期間確保がしやすく、従業員からの理解も得られやすい。

従業員承継

経営能力のある人材を見極めて承継することができる。長期間働いてきた従業員であれば仕事内容や、会社の理念、慣習も理解している為、後継者教育にそれほど時間がかからない。

M&A

親族や社内に適任者がいない場合でも広く候補者を募ることができる。経営者は会社の売却利益を得ることもできる。

参照:“事業承継を知る”中小企業庁ウェブサイト

上記のようなそれぞれの承継方法の特性を踏まえ後継者を決めていくことになります。

後継者教育について

事業承継に備えて、準備していくことが後継者の教育です。中小企業庁が策定した事業承継マニュアルにおいて、事業承継をする経営者が後継者を決定する上で重視した資質、能力としては、「自社の事業に関する専門知識」や「自社の事業に関する実務経験」を回答する割合が多かったようですが、それよりも最も重視されている資質・能力は、「経営に対する意欲・覚悟」という心構えの部分とのことです。これに関しては金融機関の人間の視点から見ても最も大事だと思うことです。自社の事業に関する専門知識や、経験というのは当然に大事なことだと思いますが、私が金融機関に勤めていたころ感じたのは、自社の業績や財務内容についてほとんど分からない後継者が多いということでした。中小企業においては社長が中心になって営業をして、その奥様が経理関係を行い、その後継者である子供は、後継者ではあるものの、実際に行っている業務は一般の従業員と変わらないというのはよくあるパターンです。従って、「最近忙しいな」とか「暇になってきたな」というのは仕事をする中で肌では感じるものの、数字としては全く把握していないという後継者は多かったです。私が過去に担当していた企業で事業承継を考えている経営者の方に、中小企業診断士との面談を後継者同席の上で行うことを提案したことがありました。その会社は決して財務内容がよいといえる会社ではなく、手形コロガシ(融資の返済期日到来がするたびに書き換え、継続を無期限に繰り返す状態)をしており、なかなか債務超過の状態から抜け出すことができない会社でした。そのような会社の状態を知らないまま、中小企業診断士との面談に同席し、自社の財務内容を知った後継者はやはり危機感を感じていたようでした。しかし、それと同時に自社の強み、弱み、自社の置かれている環境を知り、それを客観的に知ることにより、今後どのように経営をしていくべきかというのを本気で考えるきっかけとなり、後継者としての意識や覚悟が芽生えたようでした。前の項目でも話したように、事業承継をきっかけに業績が伸びる会社も多くあります。その為にはこのような後継者教育をいかに早く行うかが重要だと感じます。

参照:“後継者教育”中小企業庁ウェブサイト

知的資産の承継

資産や株式の承継と同様に、知的資産の承継も重要になります。知的資産とは具体的には経営理念や、仕入先、顧客などのネットワーク、技術力、許認可、ブランド・商標などの多岐にわたります。知的資産の承継については目に見えないものだからこそ特に念入りに行うべきだと考えられます。例えば先代経営者や特定の従業員のみが有しているノウハウ、スキルなどは、その従業員が退職、休養してしまうと、その技術を生かした商品は作れなくなってしまいます。また特許権や許認可、商標についても同様であり、その権利者が特定の個人であり、その権利者が会社からいなくなってしまった場合に、そのままその権利を利用した場合は、権利侵害により最悪の場合損害賠償を求められる可能性もあります。そのようなことにならない様に事前に知的資産の承継対策を早めに講じる必要があります。検討にあたっては経営者一人で検討するのではなく、後継者はもちろんのこと、社内の従業員も巻き込み、承継について事前に共有して理解を得ることも必要です。また事業承継は会社内部の人間だけではなく、当然取引先や顧客にも影響を与えることになるので、こちらについても留意しながら検討していく必要があります。特に許認可や商標の引継ぎについては複雑な要件が多い為、弁理士、行政書士などの専門家に相談して進めていくことをお勧めします。

参照:“知恵の承継マニュアル”特許庁ウェブサイト

経営者保証の引継ぎについて

経営者保証とは会社が融資を受ける際に、経営者個人が会社の保証人になることです。会社が融資を返済できなくなった場合は経営者個人が企業に代わって融資の返済をすることになります。私が信用金庫に勤務していた頃も中小企業においては経営者保証を付けるのが一般的であり、財務内容が良く、取引の長いごく一部の会社のみが経営者保証を免除されていました。しかし、この経営者保証が後継者にとって重荷になり、事業承継をする上での障害となっています。この様な状況を改善する為、政府の主導により経営者保証を外す方向に金融機関も動きつつあります。金融庁の「民間金融機関における経営者保証に関するガイドライン等の活用実績」によると新規無保証融資の割合は2015年の12.2%から2023年(上期のみ)は46.7%と飛躍的に伸びています。代表者交代時の保証徴求割合の推移においても「先代の経営者の時は経営者保証を徴求していたが、新経営者には保証なし」とした融資の割合は2017年が18.6%だったのに対し、2023年(上期のみ)は42.0%とこちらも飛躍的に伸び、事業承継に対して金融機関も積極的に協力している様子がうかがえます。経営者保証のガイドラインの3要件によると

・資産の所有やお金のやりとりに関して、法人と経営者が明確に区分・分離されている

・財務基盤が強化されており、法人のみの資産や収益力で返済が可能である

・金融機関に対し、適時適切に財務情報が開示されている

の3要件の全てまたは一部を満たせば経営者保証なしで融資を受けられる、または見直すことができるとされています。よって事業承継をする際はこちらの要件を確認し、経営者保証を外すことにより、より後継者にとって負担を感じることなく承継ができると思います。

参照:”経営者保証”中小企業庁ウェブサイト

参照:”民間金融機関における経営者保証に関するガイドライン等の活用実績”金融庁ウェブサイト

金融機関との付き合い方

私が信用金庫にいた頃も取引先の事業承継に度々立ち会ってきましたが、事業承継をきっかけにメインバンクを変更される取引先もいました。先代の経営者の創業期から長年取引をしてきた金融機関の場合、先代も恩義を感じていることもあり、特に借入条件等を見直すこともなく、なあなあで利用されていることもあります。そのような場合他行ではもっと良い条件で借りることができるケースもあります。また借入の条件は劣るものの、頻繁に訪問し、事業の悩みや課題に積極的に相談に乗ってくれる面倒見のよい金融機関もあり、事業承継においてはメインバンクを改めて見直すきっかけにもなります。前項に挙げた経営者保証を付けるか外すかなども、金融機関がその会社の財務面だけでなく、知的資産や事業の将来性、後継者の人柄などについて、どう評価されているのかを判断する機会となりますので、それぞれの金融機関のメリット、デメリットをよく比較しながら今後の取引を検討すると良いと思います。

まとめ

今回は地元密着の中小企業の経営者の事業承継対策について、信用金庫職員時代のエピソードを交えながらお話させていただきました。後継者不足が問題となる現在において、政府は事業承継税制や経営者保証の見直しなどにより様々な施策を講じています。しかしながらまだまだ小規模の中小企業においてはそのような施策が浸透しているとは言い難いと感じます。また今回こちらのコラムの執筆にあたり、地元密着の中小企業をメイン顧客としている信用金庫や信用組合のホームページをいくつも見てきましたが、事業承継や相続対策に本当に力を入れている金融機関はまだまだ少ないなという印象です。地域の活性化の為には官民が一体となり事業承継支援を行っていく必要があり、当社団においてもメンバーが一丸となり埼玉県の中小企業経営者の事業承継、相続をサポートさせていただきます。