先日筆者は、金属加工業を営む中小企業が実際に同業他社の事業を承継した経緯に関して、実際に当該企業を訪問のうえ、経営者から本音ベースでのお話を伺う機会がありました。本コラムでは、そこから浮かび上がってきた事業承継にまつわる課題や支援者として期待されるあり方について取り上げます。(守秘義務の観点より、具体的な社名・固有名詞等は一切を伏せさせて頂きます。)

 

1. 事業承継の対象となった事業者の概要

 今回お話を伺ったのは、近年実際に事業承継(第三者承継)によって他社の事業を引継いだ首都圏の中小企業の経営者の方です。金属加工業を中心とする小規模な町工場が多く立地するエリアにおいて、かつての高度経済成長期に父親が創業した企業を約10年前に承継され、長らく続いた円高を背景とする相次ぐ製造業者の海外移転に伴う国内製造業の縮小や、同業他社の廃業の多発という困難な状況にも関わらず、懸命な取組みを続けられてきた結果、現在では某スポーツクラブのスタジアムに自社製造の製品を納品される等、今ではその存在感を増しつつあります。

 事業承継が大きな社会課題として注目される昨今、他社の事業承継を実際に成し遂げられたケースということで、メインバンクの取引先金融機関と一緒に同社を訪問し、経営者の方の本音を伺う機会を頂くことが出来ました。

 

事業承継の対象、および、事業を承継した事業者の概要は次の通りです。

【事業を売却(譲渡)した事業者の概要】

・業種:金属加工業

・設立:1980年頃

・株主・経営者:70代 男性

・企業規模:年商 1億円、社員3名(うち、職人2名)

・特色:首都圏に立地し、経営者が築いたネットワークにより金属加工業務を受託。

10数年前に購入した特殊な金属加工設備により、発注者の細かなニーズに対応可能。近年は業績が低迷し、後継者も不在で、廃業はやむを得ないと経営者は考えていた。

 

【事業を承継した事業者の概要】

・業種:金属加工業

・設立:1980年頃

・株主・経営者 : 50代 男性

・企業規模:年商 3億円、社員5名(うち、職人4名)

・特色:現経営者は、10年前に父親から事業承継した2代目。同業者とのネットワーク構築に熱心で、新しい取組みに関心が高い。金属加工に関する得意分野とこれまでの取引ルートおよび実績を活かして、発注元を全国に拡大しつつある。

 

2. 事業承継に至った経緯

 小規模事業者の経営者は日々の経営に精一杯で、現在の事業を将来どのようにしようといったことは漠然と頭に浮かんでも、具体的には考えられず、対策を講じることも出来ないというケースが多く見受けられます。今回、事業を譲渡された事業者の経営者も例外でなく、70歳という年齢を迎えながらも、後継者が決まらず、経営状況や将来の見通しについても厳しいものがあり、自分の代で廃業することは止むを得ないと覚悟をされていたようです。しかしながら、お話を伺って驚いたのは、経営者自らの口からこうした会社の今後について周囲に語られることは無く、メインバンクとして普段から付合いのある金融機関さえ、十分な関心を払いフォローをしきれていなかった側面も挙げられます。

 なぜ、普段から付合いがあり内実を知るはずの金融機関が、当事者の会社で事業承継が課題となっていることをフォロー出来ていなかったのかと質問したところ、以下の見解が示されました。

 

メインバンクとして事業承継に十分な関心が払えなかった事由

  • (1)メインバンクの担当者は2~3年程度で定期的に交代となり、経営者と対話する機会が十分に持つことが叶わなかった。
  • (2)担当する企業の業種の幅が広く、とっつきにくい金属加工業といった製造業にはどうしても関心が向きにくかった。
  • (3)経営問題が切迫して顕在化している企業への対応に追われ、潜在的な問題を抱える企業のフォローは手薄になっていた面も否めない。

 

 こうした事由から見えてくるものは、メインバンクの金融機関としても、きめ細かな顧客企業のフォローが出来ていないケースも有り得ることです。特に、コロナ禍に見舞われて以来、地域金融機関の主な取組みは取引先への「ゼロゼロ融資」に代表される各種支援策へ傾注せざる得ないケースが増え、事業承継という中長期的に取組むべき課題を抱えた中小事業者へ対するフォローは必ずしも十分ではないといった声も聞かれました。

 こうした声を踏まえて、次項では、事業承継の実施に際しての課題について、具体的に考えてまいります。

 

3. 事業承継の実施に際しての課題

 事業承継の実施に際しては、下表の通り、予め準備を行ったうえで、手法の選択を含め計画的に進めて行く必要があります。

 

 事業承継を具体的に進める前段階で、「やるべきことがあるという気付き」を得ることが重要です。実態として、事業承継課題に直面する中小事業者は、収益性が低かったり、事業の将来性が期待できないといった課題に直面しているところも多く、最初の第一手として、「事業を未来につなげる10年先のあり姿」について考えることからスタートします。また、後継者による経営力発揮につなげるため、経営状況・経営課題の把握による「見える化」によって客観的な現状認識を行ったうえ、具体的な課題に対してどのように取組んでいくかといったことを検討していく観点も重要です。

 この「見える化」を実施するうえで、公的機関が定めた各種の思考ツールが存在します。(例:『ローカルベンチマーク』(経済産業省)、『経営デザインシート』(内閣府))これらツールを用い、自社の事業が置かれた立ち位置や、将来と現状との比較によるギャップを具体的に把握のうえ、これから取組むべき課題として認識を深めたうえで、経営改善に向けた具体的な取組みを実行していくことが、円滑な事業承継を進めるうえでのカギとなり得ます。

 

 これらを踏まえて、「事業承継計画」を定めたうえ、具体的な事業承継の実施を行うこととなります。「事業承継計画」と一口に言っても、下表の通りその主意に応じて内容も異なりますが、中でも(3)事業の強み・事業の磨き上げに重点を置いた計画の意義は、特に近年大きくなってきていると考えられます。

 

事業承継計画に関する主意のパターン

  • (1)税務・法務面に重点を置いた計画
  • (2)事業面に重点を置いた計画
  • (3)事業の強み・事業の磨き上げに重点を置いた計画

 

 新型コロナウイルスの大流行がもたらした人々のライフスタイルをはじめ社会・経済に対する影響や、急激な円安の進行といった以前では想像しにくかった事業環境の急激な変化は一時的なものに留まらず、将来、事業承継を行なった後においても影響し続けるものと思われます。こうした環境変化を踏まえたうえで、事業の強みとその磨き上げに重点を置いた承継計画を組み立てることの意義は、今後ますます大きくなってくると考えられます。これら一連の検討過程を踏まえたうえで、誰が承継するかといった具体的な承継手法の選定を行い、事業承継を行うことになります。但し、こうした検討を経営者自身で全て取組むことは難しい面もあり、承継支援者の協力を仰ぐことも有効な一手となり得ます。

 次項では、承継支援のあり方についてご説明いたします。

 

4. 承継支援者としてのあり方

事業承継といえば、税務や法務面での手続きや、株式を誰がどのように引継ぎするかといった、主に「資産の承継」といった内容に関心が向きがちです。しかしながら、事業承継の構成要素は下図が示す通り、それだけには留まらない幅広い領域に関する視点が必要です。

 

「事業承継」の解釈について、中小企業庁が定めた『事業承継ガイドライン』によると、「人(経営)の承継」、「資産の承継」、「知的資産の承継」と、3つの要素を包含したものと捉えることが出来ます。しかし、身近で関心の向きやすい、「株式の承継」、「代表者の交代」ばかりがクローズアップされ、税金にも大きく関係する株式評価額をどうするかといった目先のテクニック論に陥りやすい傾向も否定できません。3つの要素から構成される、「事業そのものを承継する取組み」という観点を元に、事業承継に計画的に取組んでいくことこそが、事業承継を成功させる最大のカギになると考えられます。

 更に、事業承継に際して「経営者保証」がネックとなり、円滑な承継が進まないケースも多く見受けられるのも実情です。事業承継の実施のタイミングで、金融機関に対して『経営者保証ガイドライン』に則った形で、保証契約の適切な見直しを図ることも重要です。経営者保証の見直しを図るべく、現在の正確な財務状況について把握のうえ、法人と経営者との区分・分離状況を確認のうえ、貸手の金融機関との交渉に向けた準備を進めることも、承継支援者に求められる役割です。

 また、実際に事業承継を実行した後の「ポスト事業承継期」においても、将来の成長・発展に向けた継続的な取組みを欠くことは出来ません。新たな経営体制の下、承継計画した通りに施策が実行されているかを確認し、新たな経営者となった後継者を中長期的な育成の観点より支える役割も、承継支援者に望まれます。事業承継の支援に際しては、多岐に渡る領域に精通し、各種専門家とのネットワークを活用し、経営者との対話を通じて課題を俯瞰し、深掘りしていく根気を要する取組みが欠かせません。

 今回のコラムでは、実際に事業承継を経験した経営者の方から伺ったお話を通じて、本質的な課題の所在が浮かび上がってきました。事業承継の課題を抱えた当事者のみならず、メインバンクの金融機関にとっての課題や、買収等を通じて事業を承継する側の想い、および支援者のあり方に関しては、近年急速に進められている制度面の一方、更に改善して取組む余地がありそうです。

 

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