前回のコラムでは、中小企業の経営に関して長らくの間、大きなネックとなっていた経営者保証に関して、『経営者保証に関するガイドライン』が定められた背景や、ガイドラインが適用されるために必要な要件等に関してご説明しました。
今回のコラムでは、将来の見通しが立たないといった事由で事業の継続を断念し、ガイドラインを適用して債務整理に至った場合、具体的にどのようなことが生じるかということをご説明します。
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目次
事業が破産に至った場合の一般的な経営者保証の扱い
個人を含む中小事業者が借入金を抱えた状態で事業の継続を断念することは一般的に「倒産」と言われていますが、その場合、個人保証をしている経営者も一緒に個人破産に至るケースが多いのが実情です。このことは、経営者にとって、経営状態が厳しく先が見通せないといった場合、損失が膨らまないうちに思い切って事業をたたむといった方針判断を行う場合の大きな障壁となっています。
具体的に経営者本人が破産に至ることで生じる事態としては、居住する住宅を失うことに加え、官報に公表されることで、その後の社会生活に大きな影響が出ることなどが挙げられます。官報とは国による公的なお知らせであり、住所等の個人情報を含むもので、現在はインターネットでも内容を閲覧することが可能[1]となっています。
破産が生じた際、何故わざわざ官報に個人情報を掲載するのでしょうか。その理由にはいくつか考えられますが、一つには、お金を貸した債権者を保護するという目的があります。破産とは、貸したお金が返ってこないという状況であり、貸手にとっては損失に他なりません。貸手が知らない状況で破産手続きが進んでしまうと、破産後の財産処分による弁済を受けられなくなってしまい、大きな損失を生じることにもなりかねません。
最悪の場合、見込んでいた売上に関する入金が途絶えたことで、自社の現金(キャッシュ)が不足し、社員の給料等、最低限必要な支払いが出来ずに連鎖倒産してしまうといった事態も考えられます。
一般的には、破産申請の際には債権者を調べて個別に連絡しますが、債権金額が小さい場合等には連絡が届かず漏れてしまう可能性も否定出来ず、こうした事態に備えて、国が官報を使い、全国に呼び掛ける仕組みとなっています。
一般的に与信管理[2]などと言われますが、取引先の経営状態を調べ、売掛金等の債権が将来的確に支払われえるかどうかを普段から把握しておくことは、貸倒れによる自社の共倒れを防止し、安定した経営を行っていくうえで大変重要なことです。
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ガイドラインを適用した債務整理時のポイント
ガイドラインによる保証債務の整理は、廃業等で事業の清算を行う場合だけでなく、事業の継続を図る場合にも利用することができます。ガイドラインを利用した保証債務の整理では、経営者保証を行った経営者に対しては、一般的な破産による債務整理とは異なり、以下の措置が認められています。
1.一定期間の生計費や、華美でない自宅を残すことを債権者へ申し出ることが出来る
保証人となっていた経営者が早期に事業再生や清算の決断を行い、債権者である金融機関にとっても納得がいくと合理性が認められた場合には、経営者の申出を受け、経営者の手元に残せる残存資産として、一定期間の生計費[3]に相当する金銭や、華美でない自宅[4]を含めることが検討される。
一般的な破産では、住む家を失って一家が路頭に迷うという悲惨なケースを想定しがちですが、ガイドラインによって、最低限度の生活を守るセーフティーネットの仕組みが整えられていることが示されています。
生計費の金額や華美でない自宅とはどういうものか、人によって感じる個人差も大きいと思われますが、少なくとも、生活基盤が全くゼロにはならずに済むという安心を得ることが出来ること自体、 本ガイドラインが示す意義は大きいと考えられます。
2.整理手続に専門家の支援を求めることが出来る
公正な整理手続ができるように、弁護士等の専門家による支援を受けられる。支援内容には、保証債務の整理に関する助言、残存資産に関する範囲の決定、弁済計画策定に関する支援等があります。一般的な破産手続きでは、債権者に対しどのようにして優先して弁済するかということに重きが置かれがちですが、残存資産や弁済計画を専門家の支援を受けて策定することは、再チャレンジに向けた気概のある経営者本人の取組みを後押ししていこうという趣意が込められています。
3.経営者が引き続き経営に携わることができる可能性
債権者が承認した場合、従来の経営者が引続き、事業の経営に携わることが出来る。事業に強みや将来性が見込まれ、先々、当該事業を立て直す見込みがあると債権者が認めた場合は、保証債務の見直しを含めて、従来の経営者が引続き経営に携わることが出来る可能性もあります。
中小事業者の経営が行詰まり、事業継続を断念し債務整理に至るという最悪の事態において、セーフティーネットとして機能し得る『経営者保証に関するガイドライン』ですが、前回のコラムでも触れた通り、無条件で適用されるものではありません[5]。
普段から外部の金融機関にも理解の得られる透明性の高い経営に努め、また、万が一経営者が亡くなり、相続が発生した際にトラブルの原因にもなり易い経営者保証の扱いについて、本コラムで取り上げた視点に基いた対策を講じておくことは、不透明感の増す昨今、正に〝転ばぬ先の杖“となり得ます。
[1]インターネット版 官報:https://kanpou.npb.go.jp/
[2]与信管理:倒産する可能性が低く安全な会社に対しては、与信を大きく行い取引を拡大していく一方で、倒産しそうな危ない会社に対しては、与信を絞って取引を小さくしていくよい管理し、与信リスクを回避・低減することをいう。
(引用元:リスクモンスター株式会社HP「与信ってなあに?」 https://www.riskmonster.co.jp/)
[3]一定期間の生計費は、標準的な生計費(33万円/月)を基準とする。
[4]自宅が店舗を兼ねていて資産の分離が難しい場合などは、事業継続等に必要な「華美でない自宅」を残すことが、債権者である金融機関により検討される。
[5]ガイドライン適用要件
①資産の所有やお金のやりとりに関して、法人と経営者が明確に区分・分離されている。
②財務基盤が強化されており、法人のみの資産や収益力で返済が可能である。
③金融機関に対し、適時適切に財務情報が開示されている。
(上記参考元:中小企業庁ホームページ~経営者保証)
https://www.chusho.meti.go.jp/kinyu/keieihosyou/index.htm
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