被相続人が亡くなると、その人が持っていた財産を相続人同士で分け合うことになります。遺言がある場合は、遺言の内容にしたがって分けることができますが、遺言がない場合は「遺産分割協議」を行い、各相続人が何をどのくらい相続するかを話し合いで決める必要があるのです。
しかし、全員の合意を得て話し合いを成立させたとしても、後になって「私は遺産分割の内容に合意していない」「やっぱり納得できない」などと主張する相続人が現れる可能性があります。このような意見を認めないために、協議が終わったら遺産分割協議書を作成し、合意の証として相続人全員が協議書に署名押印をする必要があるのです。
では、遺産分割協議書を作成した後でも、争いが発生することはあるのでしょうか?また、遺産分割協議のやり直しはできるのかどうかについても、詳しくご説明していきます。
1.遺産分割協議書を作成する目的
遺産分割協議が成立し「誰が、何を、どのくらい相続するか」が決まったら、その内容を遺産分割協議書という書面に記していきます。ただし、遺産分割協議書は作成が必須のものではなく、作成しなかったとしても法律上何の問題もありません。ただし、預貯金や不動産の相続手続きでは、提出が求められることがあります。しかし、遺産分割協議書を作成しておくことによるメリットが大きいため、一般的には作成することになっているのです。
ここでは、遺産分割協議書を作成する目的をご説明いたします。
目的① 後々争いになることを避けるため
遺産分割協議書には、相続人全員がその分割内容に合意した証として、各相続人が署名して実印を押印し、印鑑証明書も添付します。そのため、契約書に印を押すときと同じように、相続人全員がその遺産分割協議書に拘束されることになります。
もし、協議書に署名押印をした後になって、「やっぱり納得できない」「遺産分割協議を取り消したい」などと主張されたとしても、合意の証として署名押印をしている訳ですから、基本的にその主張が通ることはありません。したがって、遺産分割協議を作成しておくことで、後々争いに発展することを防ぐことができるのです。
しかし、遺産分割協議書があるからといって100%の争いを予防することができるわけではありません。その遺産分割協議が取消されたり解除された場合、もう一度協議をやり直す必要があるのです。取消や解除を主張してきた相続人に対して、どのような対応をとるべきかを知っておくことも争いを防ぐカギとなります。
遺産分割協議書のやり直しについては、後ほどご説明いたします。
目的② 相続手続きをスムーズに行うため
相続が発生すると、被相続人の持っていた不動産や預貯金について「名義変更」の手続きを行うことになります。このような手続きを行う際に、遺産分割協議書の提出が求められる場合があります。
遺産分割協議書には、相続人全員で決めた「誰が、何を、どのくらい相続するのか」が詳細に記されています。そのため、相続手続きでその協議書を提示することは、誰がその財産を受け継ぐのかを証明するための証明書としての効果があるのです。
また、相続税申告をする際も、遺産分割協議書が必要になるケースがあります。例えば、配偶者の税額軽減や小規模宅地等の特例を利用する場合は、遺産分割協議書の提出が必須ですので、相続税がかかりそうな場合は遺産分割協議書を作成しておくと良いでしょう。
2.遺産分割協議書を作成した後に争いが起こるケース
先程もご説明した通り、遺産分割協議書は後々の争いを防ぐために作成します。しかし、人間は感情のある生き物ですから、主張が通らないことを知って「はい、そうですか」とすぐに引き下がってくれるとは限りませんよね。では、どのような家庭で争いが発生しやすいのでしょうか。
ここでは、遺産分割協議書の作成後に争いが起こりやすいケースをいくつかご紹介いたします。
ケース① 相続人の中に行方不明者がいる場合
例えば、被相続人には妻と長男、次男がいるとします。妻と長男は、被相続人と一緒に住んでいましたが、次男は5年前に突然家を飛び出したきり音信不通になっていました。妻と長男は次男の居場所を探すべく、電話をかけたり戸籍の附票を確認したりしましたが、連絡を取る事ができません。この場合、次男を抜きにして妻と長男だけで遺産分割を進めてしまったら、どのような問題が起こるでしょうか?
本来、遺産分割協議は相続人全員で行わなければなりません。ですから、行方不明者と連絡が取れないからといって、その人を抜きにして遺産分割を進めてはならないのです。もし、次男を抜きに遺産分割協議をした場合、その後次男が現れて「自分が遺産をもらえないなんておかしい」と主張してきたら、もう一度遺産分割協議をやり直さなければなりません。ですが、妻と長男は次男の捜索に苦労をしているわけですから、5年間も家に帰らずに連絡が取れないような次男に財産を相続させたくないと思うのは当然でしょう。
このような場合は、後の遺産分割協議で争いが発生しやすいため、注意が必要です。
また、相続人の中に行方不明者がいる状態では遺産分割協議を行えませんので、仕方なく行方不明者の財産を管理してくれる「不在者財産管理人」を選任し、代わりに協議に参加してもらうことにしました。これは、行方不明者がいる場合の正しい対処ですが、この場合にも争いが発生するリスクがあります。
本来、行方不明の相続人が不当な不利益を受けないために、行方不明者には法定相続分以上の財産を取得させなければならないのですが、次男がいつ帰ってくるか分からなかったため、「帰来時弁済型」の遺産分割を行うことにしました。帰来時弁済型というのは、いったん行方不明者には法定相続分よりも少ない財産を相続させ、行方不明者が戻ってきたときに不足している相続分を支払う方法です。この方法は、不在者財産管理人の負担を考慮すると、非常に有効な手段であるといえます。
しかし、帰来時弁済型の遺産分割で協議書を作成し、相続の手続きや相続税申告などが終わったところで、行方不明者である次男が帰ってきたとしたら、どのような問題が発生するでしょうか?
すぐに不足分の財産を支払うことができれば良いのですが、長男が次男の相続分を使い込んでしまい、すぐに次男の相続分を用意することができませんでした。もらえるはずの財産がもらえないと分かると、次男は「自分は法定相続人なのに財産を受け取れないのはおかしい」と主張するでしょう。しかし、それに対して長男が「今まで5年間も家に帰ってきていない奴が、今頃帰ってきて財産をもらおうなんておかしな話だ」と思うのも無理はありません。
このように、不在者財産管理人を選任して遺産分割をしたとしても、争いになってしまうことがあるのです。
争いを防ぐためには、「法律」と「気持ち」を切り離して考える必要があります。もし、相続人の中に行方不明者がいる場合は、争いが起こる前に第三者である相続専門家を介入させて、スムーズに遺産分割を進められるようにしましょう。
ケース② 遺産分割協議書の作成後に新たな財産が見つかった場合
相続人全員が遺産分割協議書に署名押印をし、いざ名義変更の手続きに移ろうというときに、新たな財産が見つかったらどのような問題が起こるでしょうか?
例えば、遺産分割協議書を作成した後に銀行から葉書がきて新しい口座が見つかったり、被相続人の自宅を整理していたらタンスの中から現金が見つかったりすることも考えられます。最近では、インターネットバンキングが増えているため、口座があることに気づかずに相続手続きを進めてしまうケースもあるようです。
このように、遺産分割協議書の作成後に新たな財産が見つかった場合は、その財産は誰が相続するのかを、もう一度遺産分割協議をして決めることになります。また、新たな財産が非常に重要なものである場合は、最初の遺産分割協議を取消又は解除し、最初からやり直すこともあるのです。
やっと遺産分割協議が終わったのに、新たな財産が発見されるたびに協議を行うとなると、非常に手間がかかってしまいます。特に、最初の遺産分割協議で争いになってしまった・争いになりそうだった場合は、危険な話し合いがまた行われることになるのです。
このようなことを防ぐために、遺産分割協議書に新たな財産が見つかった時の対処法を記載しておく必要があります。例えば「新しく財産が見つかった場合は、その財産を法定相続分で分け合うこととする」や「全て長男が相続する」など、話し合いをせずに解決する方法を記載しておくと良いでしょう。
3.遺産分割協議のやり直しはできるのか?
ここまで、遺産分割協議書を作成した後に争いが起こりやすいケースをご説明してきました。では、遺産分割協議書を作成した後でも、協議自体をやり直すことは可能なのでしょうか?
ここでは、遺産分割協議をやり直すことが可能なケースと不可能なケースをいくつかご紹介していきます。
3-1.遺産分割協議のやり直しが不可能な場合
基本的に、遺産分割協議のやり直しは「できません」。これは、相続人全員の署名押印がされると、全員がその分割内容に合意したとみなされるからです。そのため、署名押印をした後に「やっぱり気が変わった」などと主張をして遺産分割協議のやり直しを求めることは認められません。
遺産分割協議のやり直しができるのは、次のようなケースです。
3-2.遺産分割協議のやり直しが可能な場合
相続人全員がもう一度遺産分割協議をすることに納得した場合は、例外的に協議をやり直すことができます。遺産分割協議は相続人全員の合意の上で成り立つものですので、特に理由がなくても、全員の合意があればやり直しも自由にできるというわけです。
ただし、最初の遺産分割協議をした後に不動産を売却してしまうと、協議をやり直すために不動産を取り戻すことは難しくなります。遺産分割協議をやり直すからといって、完全に元通りになるとは限りませんので、ご注意ください。
また、相続人全員が納得していなくても遺産分割協議をやり直すことができるケースもあります。
1つは、一部の相続人や第三者から脅迫されていたケースです。遺産分割の内容に納得はしていないが、遺産分割協議書に署名押印をするように脅されていた場合は、その遺産分割協議を取消し、やり直すことができます。
また、一部の相続人が財産を隠していた場合にも、遺産分割をやり直すことができます。例えば、父が3,000万円の土地と2,000万円の家、1,000万円の預貯金を残して亡くなったとします。相続人は母と長男、次男の3人ですが、長男が「父の財産調査は自分がする」と言っていたので、母と次男は長男に任せることにしました。しかし、長男は「父には3,000万円の土地と2,000万円の家しかなかった」といい、1,000万円の預貯金については教えなかったのです。母と次男は、長男に「土地と家は法定相続分で分ける」と説明され、それを信じて遺産分割協議書に署名押印をしました。
ところが、後になって長男が1,000万円の預貯金を隠していたことが判明しました。このようなケースで、母と次男がそのことを知っていたら遺産分割協議書に署名押印をしなかったと認められる場合は、「錯誤」により遺産分割協議を取消すことができる場合があります。
しかし、母と次男はいったん納得して署名押印をしてしまっている以上、錯誤で取消しを主張することは難しい場合もあります。署名押印をする前に、遺産分割の内容を全員で話し合い、しっかり納得した上で署名押印をするようにしましょう。また、遺産分割協議をする前に、遺言は残っていないか、被相続人にどのような財産があるかを全員で調査し、相続人間で共有しておくことが大切ですね。
4.争いが起こらない遺産分割協議書の作成方法
まずは、亡くなった人にどのくらいの財産があるのかを正確に調査するところから始めましょう。財産を正確に把握していないことには、相続人全員が納得できる遺産分割を行うことはできません。財産は預貯金や不動産、骨董品など相続の対象となる財産を、被相続人の自宅や自宅に届いた郵便物から特定していきます。また、プラスの財産だけでなく、借金などのマイナスの財産も相続財産に含まれますので、漏れのないように調査しましょう。
財産の調査が終わり遺産分割協議がまとまったら、遺産分割協議書を作成していきます。争いが起こらない協議書を作成するためには、以下のポイントに注意が必要です。
【遺産分割協議書を作成する際のポイント】
・不動産は所在地や面積など、登記簿謄本のとおりに記載する
・押印には実印を使い、署名は手書きで行う
・遺産分割協議書が2枚以上になるときは「契印」を押す
・相続人全員が遺産分割協議書の原本を1通ずつ保管する
・新たな財産が見つかった時の対処法を書いておく
名義変更などの相続手続きでは、基本的に「遺産分割協議書の原本」の提出が求められます。ですから、相続人全員が1通ずつ原本を保管しておくことが望ましいです。遺産分割協議書を2通以上作成する場合は、すべての協議書が同じものであるということを示すために割印をしましょう。
また、先ほどもご説明したとおり、新たな財産が見つかった時にどうするかを決めておくことは、非常に有効な争族対策です。財産調査や相続人調査などの事前準備だけでなく、遺産分割協議が終わってから起こりうる問題も考慮し、しっかりと対策をとっておく必要があります。
5.まとめ
今回は、遺産分割協議書を作成した後に起こりうる争いについてご説明いたしました。遺産分割協議は争いの火種が多く存在します。普段は仲の良い家族であっても争いになることは十分に考えられますので、疎遠であったり連絡が取れない相続人がいると、なおさら争いに発展しやすくなってしまいます。
まずは、亡くなった人の財産と相続人をしっかりと調査し、全員が納得できるような遺産分割になるように話し合いをしましょう。
「遺産分割協議に不安がある」「争いを起こさずに遺産分割をしたい」という方は、相続に詳しい専門家へご相談ください。
執筆:山形 麗
監修:司法書士事務所T-リンクス 司法書士小川 直孝
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