令和6年8月、非上場株の相続をめぐって国税当局(以下、当局)が「伝家の宝刀」と呼ばれる特別な規定を使って課税した税務訴訟で国が敗訴、確定したことをご存じでしょうか。相続税の「伝家の宝刀」と呼ばれる「総則6項」についてはこれまでも適用が不明瞭であるとされ、多くの方が不安を抱えていました。
今回の記事では総則6項について、国の敗訴を通してこれから先の相続税申告時に押さえておきたい注意点を詳しく解説します。非上場株の株式をお持ちの皆様は、特に注目してご一読ください。
参考: 国税庁 第1章 総則
税務訴訟で国が敗訴|どのような訴訟だったの?
総則6項とは「財産評価基本通達第1章総則6項」の略称です。総則6項は財産評価基本通達の定めによって評価することが著しく不適当と認められる場合に、国税庁長官の指示を受けて評価する規定であり、頻繁に運用されているものではありません。そのため「ここぞ」という場面で適用されることから、伝家の宝刀と呼ばれてきました。
令和6年8月28日、ある税務訴訟にて国が敗訴しましたが、上告をしなかったため判決が確定しています。この章では具体的に国が敗訴した訴訟の内容について解説します。
非上場企業の株式評価額をめぐって納税者側が提訴
この訴訟は、相続で相続人が取得した非上場株式の「評価」をめぐる訴訟でした。相続人側は評価通達に従って評価を行い、相続税申告を行っていました。
しかし、非上場株式は相続開始後1カ月後に売却しており、その売却価格は評価通達の算定価格よりも高額であったことから、当局は評価通達による評価は「著しく不適当」とし、更正処分を下したのです。相続人側(相続税の納税者側)はこの対応を不服とし、提訴していました。
第一審で国が敗訴し控訴していましたが、第二審でも高裁は第一審判決を支持、国側の敗訴が確定しています。
訴訟の時系列
それでは今回の事件(相続税更正処分等取消請求事件)について、時系列で事件の概要を見てみましょう。
【1】被相続人の状況
被相続人は非上場会社(以下「X社」)の代表取締役であり、X社の株式を保有していました。
【2】M&A交渉の経緯
被相続人は生前、第三者であるY社との間でX社株式の売却に向けたM&A交渉を進めていました。2014年5月29日には1株あたり105,068円での売却を基本合意していました(ただし、価格はあくまでも予定価格であり、法的拘束力はありませんでした)。
【3】相続の発生
被相続人は上記の交渉途中である2014年6月11日に逝去、相続が開始されました。
【4】株式の売却完了
相続人である妻らは遺産分割協議を締結し、他の株主から株式を買い集め、2014年7月14日にY社との間で最終契約を締結し、X社株式100%を1株あたり予定価格であった105,068円で売却しました。
【5】相続税の申告
相続人らは、相続税の申告に際し国税庁の「財産評価基本通達」に基づき、1株あたり8,186円と評価して申告を行いました。
【6】当局の対応
これに対し、当局は申告された評価額と実際の売却価格との間に大きな乖離があるとして、「財産評価基本通達」総則6項を適用し、1株あたり80,373円と評価して相続税の更正処分を行いました。
この対応に不服とし、相続人は提訴をした結果、国側が敗訴したのです。争点は実際の株式の売却価格と、相続税の評価額の相違でしたが裁判所は本件では総則6項の適用は違法と認めています。
第一審・第二審ともに納税者が勝訴した背景
総則6項をめぐっては、この裁判以外にも争点となる訴訟が過去にありました。令和4年4月19日には納税者側が敗訴する判決が最高裁にて下されています。土地の路線価に基づいて行った相続税申告を不適切とし、総則6項に基づく評価が妥当した訴訟です。
では、なぜ今回の訴訟が第一審と第二審ともに納税者が勝訴したのでしょうか。主なポイントは以下の2つです。
【1】「財産評価基本通達」に基づく評価方法の適用が妥当と認定された
今回の株式売買では、1株当たりの金額は財産評価基本通達に基づいた株式の評価金額と、実際の売買における金額は確かに乖離しています。しかし、裁判所は乖離しているからといって、総則6項が適用される特段の事情があるとは認めないとしました。M&A交渉で決定された株式の売却価格は特定の条件下で形成されたものであり、交換価値を反映していると限らず、相続時点の一般的な評価基準として適用することは適切ではないと認定されました。
【2】租税回避の意図が認められなかった
裁判所は、被相続人や相続人が相続税負担を不当に軽減する目的で株式評価を下げようとする行為は認められず、他の納税者との間に不公平さが生じているとは判断できないとしました。
総則6項とは|適用における問題点
総則6項の適用に際しては「評価が著しく不適当である場合」といった抽象的な表現が使われています。納税者側からすると何が基準で総則6項が適用されるのかわからず、これではいたずらな租税回避などしていなくても、ある日突然不適当とされる可能性が否定できません。総則6項は当局側の裁量があまりにも大きく、今後も争いが発生する可能性は高いでしょう。
そもそも総則6項とは?作られている背景
運用が不明瞭な総則6項は、そもそもなぜ作られているのでしょうか。その理由を簡潔に説明すると以下のとおりです。
- 相続税における財産の価額は、相続税法第22条により時価評価とされている
- しかし、時価評価だけでは基準があいまいで実務が行いにくいため、国税庁は「財産評価基本通達」を作成しており、具体的な評価を行っている
- 財産評価基本通達による評価がそぐわない財産もあるため、総則6項が作られている
これからの相続税対策はどうあるべき?注意点とは
今回の訴訟では納税者側が勝訴したため、今後総則6項の運用はこれまで以上に慎重になると予想されます。では、これから相続準備を進める方は、どのような点に注意しておくべきでしょうか。
不動産や非上場株式などは慎重な財産評価が必要
総則6項では、これまで不動産や非上場株式が争点となってきました。現在多くの不動産を運用しているオーナー様や、非上場株式を保有する方々は、これまで以上に慎重に生前から財産評価を行い、相続税対策を進めることが大切です。「著しく不適当」と判断されないことが重要です。
生前から税理士等とともに安全な相続税対策を進める
財産の評価は難解であり、生前から税理士とともに安全な相続税対策を進めていくことが望ましいでしょう。
特に株式や不動産売買は租税回避ととられないように準備を進め、売買資料は交渉の経緯などを破棄せずに保管しておくことが重要です。不動産鑑定士や弁護士など、お悩みに合わせた専門家にも相談し、最新の法改正や判例を分析しながら対策を講じることもおすすめです。
国税側による算定ルールの見直しも必要
相続税に備えて準備を進めても、記事内に触れたように総則6項は適用時にどのような判断がなされているのか曖昧です。これでは税理士や納税者も混乱してしまいます。訴訟になると長期戦になりやすいため納税者側の負担は大きく、できれば回避したいものです。
総則6項の適用にはチェックシートも用意されていますが、今後は国民の理解が得られるような算定ルールへと見直しも必要だと考えられます。
まとめ
本記事では非上場株の相続をめぐって国が敗訴した訴訟について、総則6項の概要に触れながら詳しく紹介しました。「伝家の宝刀」と呼ばれる総則6項についてはこれまでも適用が不明瞭であるとされていましたが、今後も運用がどのように行われるのか注視する必要があります。
特に不動産、企業オーナー様は相続税対策を行っている方が多いですが、引き続き慎重に対策を進めることがおすすめです。
当センターでは、相続税申告のサポートを行っています。サービスの詳細はこちらをご覧ください。
執筆:岩田いく実
監修:税理士法人ブライト相続 戸﨑貴之 税理士
監修:おがわ司法書士事務所 小川直孝 司法書士