今年5月、厚生労働省は2040年には認知症患者が584万人にのぼる予想と発表しました。以前の予想では2040年に802万人に達するとしてきましたが、さまざまな予防政策が浸透し、当初見込みよりも減少している見込みです。
しかし、認知症はご本人だけではなく家族にとっても大きなテーマであることには変わり在りません。特に相続時には、相続人の中に認知症の方がいるケースもあり、遺産相続時に手続きに翻弄される方も決して少なくありません。そこで、今回の記事では相続人の中に認知症の方がいた場合の遺産相続手続きについて紹介します。生前からできる対策方法もあわせて紹介しますので、ぜひご一読ください。
相続人に認知症の方がいたら|遺産相続手続きはどうなる?
もしも相続の開始後、相続人の中に認知症の方がいたらどのように遺産相続手続きを進めていけばよいでしょうか。この章で詳しく解説します。
認知症の方に代わって遺産分割協議を進めることはできない
遺言書がなく遺産分割協議を行った上で誰が、いくら相続するのか決める場合には、認知症の方に別のご家族が代理人となって協議を進めることはできません。意思疎通が難しい相続人がいる場合には、一旦遺産分割協議はストップする必要があります。
認知症の方は相続放棄、遺産分割上の放棄も不可
被相続人に債務(借入金や滞納税など)が多い場合には相続放棄を検討することも多いですが、認知症の方に代わって別の方が相続放棄をすることもできません。
「認知症で介護されているのだから、財産はいらないだろう」と思う相続人がいたとしても、遺産分割協議の中で勝手に相続させない(遺産分割上の放棄)を進めることも不可です。代筆・代印などの行為も無効ですので、ご家族内であっても絶対にしないようにご注意ください。
遺産分割協議や相続放棄時には「成年後見人等」が必要
では、遺産分割協議も相続放棄もできない場合、一体どのように手続きを進めればよいのでしょうか。結論から言うと認知症の方を代理する「成年後見人」が必要となります。
成年後見人とは、認知症など判断能力が低下した方に代わって財産の管理をしたり、必要な医療行為への支払いを行ったりする立場の方です。成年後見制度に基づいて法律行為を行うことができるため、遺産分割協議や相続放棄時にも欠かせない存在です。
成年後見人等の種類とは
成年後見人等には3つの種類があります。
・成年後見人(事理弁識能力を欠く)
・保佐人(事理弁識能力が著しく不十分)
・補助人(事理弁識能力が不十分)
認知症で判断能力を欠くケースでは、遺産分割協議や相続放棄時に医師の診断・面談を踏まえた上で、家庭裁判所にて成年後見人を選任してもらいます。
成年後見人制度のメリット・デメリットとは
成年後見人がいれば、認知症の方に代わって成年後見人が遺産分割協議を進めることができます。
遺産分割協議が遅れてしまうと、被相続人の財産を相続人に分けたり、相続登記や相続税申告にも大きな影響を及ぼすため、できる限り早期に成年後見人の選任が必要です。しかし、成年後見人の制度には知っておきたいメリット・デメリットもあります。詳しくは以下です。
成年後見のメリット・デメリット 一覧図
相続後にも影響が大きいため注意が必要
成年後見人は相続時だけに活躍してもらうものではありません。相続手続き終了後も、定期的に家庭裁判所に対して財産管理の動向などを報告する必要があります。また、認知症の方が相続した財産は保全する必要があるため、別のご家族が自由に投資や消費することはできなくなります。
また成年後見人にはご家族が自由に選ぶことも、解任することもできません。解任したい場合には、財産管理に疑問がある・家庭裁判所への報告を怠るなど、それ相応の理由が必要です。
ただし、デメリットがあったとしても認知症のある方の相続手続きには成年後見人が必要となります。高齢者の相続税対策を十分に進めるためには、認知症になる前に生前から対応を進めることが大切です。詳しくは後述します。
成年後見人の申立てから遺産分割協議完了までの流れ
成年後見人の申立てから、遺産分割協議の完了まではどのような流れとなるでしょうか。詳しくは以下です。
成年後見人の選任申立てを行う
成年後見人は家庭裁判所で選任してもらう必要があります。必要書類を整えた上で申立てを行うと、次に家庭裁判所での面談調査が行われます。調査結果を踏まえて、家庭裁判所が適任とする成年後見人が選ばれます。
■主な必要書類
・申立書
・申立や登記に必要な印紙代
・指定された枚数の郵便切手
・戸籍謄本や住民票
・成年後見に関する登記されていないことの証明書
・医師作成の診断書
・通帳のコピーなど財産に関する資料 など
※参照:裁判所 裁判手続 家事事件Q&A 第11 成年後見に関する問題
成年後見人の選任
成年後見人が選任されると、対象となる認知症のある方(以下:成年被後見人)に代わって法律行為を行えるようになります。
成年後見人はまず成年被後見人の現状における財産を調査し、家族構成や生活状況をヒアリングの上で、選任後1か月以内に財産目録などを作成して家庭裁判所に提出します。
遺産分割協議や相続放棄を行う
成年後見人が成年被後見人を代理して、他の相続人全員との遺産分割協議を開始します。原則として成年被後見人には法定相続分の財産を確保し、相続させます。
もしも被相続人に債務が多い場合は、相続放棄をすることも可能です。ただし、ここでも注意点があります。
仮に父親が亡くなり、認知症のある母の成年後見人を子が務めて相続手続きを進める場合、子も父親の相続人です。
・亡父(被相続人)
・認知症のある母(成年被後見人かつ相続人)
・子(成年後見人かつ相続人)
一方の相続人が勝手に判断能力のない方の財産を放棄することになってしまうため、相続放棄ができないのです。
このようなケースでは事前に成年後見人の申立て時に家庭裁判所側に事情を伝えておくことが大切です。利益相反にならないように成年後見人を選任します。
遺産分割協議書の作成、相続手続き
遺産分割協議が終わったら、無事に通常の相続手続きに移行します。成年被後見人分の財産も分配し、必要に応じて相続登記や相続税申告を進めます。
認知症の方が相続を迎える前に|生前にできる対策
認知症の方が相続をする際には、通常の相続手続きよりも手続きが複雑で、時間も要します。また、成年後見人の申立てにも費用が必要です。では、生前からできる対策はあるのでしょうか。この章で2つの対策方法を解説します。
遺言書の作成
将来認知症の方が相続人となることが予想されている場合には、あらかじめ「遺言書」を用意することがおすすめです。遺言書があると遺産分割協議は不要となるため、遺言内容に沿って財産の分配を進めることができます。
負担付贈与
相続対策の一貫には贈与も検討できるでしょう。この時、認知症の方の介護をお願いした上で、贈与をすることもできます。この方法は「負担付贈与」と言います。現金や預貯金以外にも、不動産などを贈与することもできますが、贈与する財産の価額を超える負担を強いることはできません。
家族信託の活用
家族信託も有効な相続対策の1つです。財産の承継先をあらかじめ安心できる方に指定しておけば、亡くなった後に遺産分割協議をすることなく、信託された財産の管理や運用ができます。この方法は、両親がともに認知症となった場合にも有効のため、近年注目されている資産運用方法です。
まとめ
この記事では認知症の方がいる遺産相続手続きについて、相続放棄時や成年後見の申立てにも触れながら詳しく解説しました。認知症はもちろん、判断能力が低下している方が相続人におられる場合には、成年後見人等の手続きを経て相続手続きを進める必要があります。
もしも手続きに悩んだり、生前から少しずつ手続きを進めたい場合にはお気軽に一般社団法人さいたま幸せ相続相談センターにご相談ください。
執筆:岩田いく実
監修:おがわ司法書士事務所 小川 直孝 司法書士