皆さんこんにちは。行政書士の稲垣です。今回は中小企業の経営者一族の相続対策についてお話をさせていただきます。過去のコラムにおいても度々お話していますが、私は過去に信用金庫に勤務していた経験があり、中小企業の経営者の相続には度々携わってきました。中小企業の経営者の相続は誰が後継者になるのかというのが大きなポイントになります。その後継者次第で今後の会社の運営がどうなるかが変わり、後継者が変わったことにより、業績が伸びた会社、反対に業績が下がった会社もあります。それはその会社の従業員の他、取引先にも影響が及ぶ為、一般の方の相続よりさらに慎重に対策を講じる必要があります。今回は信用金庫に勤務していた頃の経験を交えながら、中小企業経営者の相続対策のポイントを5つ解説していきたいと思います。

早期の対策がおすすめ

まず肝心なのが早期の対策を講じることです。経営者個人の相続対策は事業とは直接の関係はないように感じ、経営者は日頃の業務が多忙なこともり後回しになりがちです。しかし経営者が年齢を重ねてくると突然体調を崩してしまったり、不慮の事故により亡くなってしまうということがあります。私もこの様な急な経営者の逝去というのを経験したことがあり、残された親族や従業員がとても困惑していた状況をよく覚えています。また中小企業においては会社の資産と個人の資産の線引きが曖昧で混在しているケースも多くあり、例えば社長の個人の土地の上に会社の建物があるというケースもよくあります。そして多くの中小企業において最も多い承継のケースが親族内承継であり、自分の子供に後を継いでもらうという方が多く、個人の相続対策と会社の事業承継は密接に関連しています。その事業を安定して続けていく為にも個人の相続対策を早めに検討することは重要です。

遺言書の作成

事業を親族に引き継ぐことになった場合は遺言書の作成をおすすめします。遺言書を作成することによって前述したような、社長の万が一の事態に備えることができ、自分の指定した後継者に会社の経営を任せることができます。

経営者の相続が一般の方の相続と違うのは、預貯金や不動産などの他、特許権や許認可、会社の保証債務、役員貸付金、そして自社の株式も関わってくることになり、より幅広く検討をする必要があります。特に自社株式は個人資産であると同時に会社の経営権であり、自社株の保有比率により、会社の経営に関してどこまで関与できるかが変わってきます。仮に遺言書を作成しないまま、突然相続が開始され、仮に相続人が妻、長男(後継者)、次男の3人となっていた場合、株式については法定相続分の割合による取得となり、後継者である長男には1/4しか取得できません。この割合を変更するには遺産分割協議が必要となります。特に財産における株式の割合が多い場合は、各相続人の取得割合のバランスが悪くなり、相続人同士の遺産分割協議が難航する可能性があります。その為自社株式については後継者が集中して取得できるように遺言書を残しておくのが望ましいです。

また遺言書を書く場合は遺留分に配慮する必要があります。仮に先程の事例で自社株式の評価が1億円、その他の資産が3,000万円となっていた場合、妻の遺留分は3,250万円、長男と次男の遺留分はそれぞれ1,625万となります。仮に1億円の自社株式を全て長男が相続した場合は、妻と次男の遺留分を侵害することになります。遺留分を侵害する遺言が直ちに無効となることはありませんが、妻と次男より遺留分侵害額請求をされる可能性はあります。その為こちらのケースのように自社株に財産の多くが偏ってしまっている場合は、特に入念に家族間での協議を行い、対策を考えていく必要があります。

 

自社株(非公開株)の相続対策について検討する。

上記のように自社株を後継者に集中することが経営権の承継の為には重要となりますが、未上場株の相続では「自社株の評価」が必要になります。上場企業の場合は、取引所の価がある為、客観的な評価をすることができますが、中小企業の場合はそれがなく、相続手続きにおいて財産状況の把握は必ず必要になる為、自社株の評価は欠かすことができません。また相続財産としての自社株式の問題点は換金性が乏しく、現金化が難しいことです。相続が発生し基礎控除の枠を超えた場合には相続税が発生しますが、相続財産の多くが自社株となった場合は、相続税が発生した際に納税する現金が不足してしまうという可能性があります。その為に事前に納税資金を準備する必要があります。以下は納税資金を準備する手段の一例です

後継者の役員報酬を増やす。

後継者の役員報酬を増やして、生前から準備をするという方法があります。確実に納税資金を準備できる方法ではありますが、後継者の収入増加により、所得税や住民税も増加する点に留意して準備する必要があります。

生命保険の活用

自社株の相続対策として生命保険を活用するのも有効です。保険の受取人を後継者にすることにより、相続税の納税資金や代償分割もしくは遺留分の請求を受けた際の他の相続人に対する代償金として利用することが可能です。

会社の株式の評価額を下げる

上記の通り未上場株式については評価をすることが必要であり、その評価額次第で相続税の納付額が決まる為、いかに自社株式の評価を下げるかが重要となります。
以下はその手段の一例です。

役員退職金の支給

先代経営者が退職する際に会社から退職金を支給する方法です。これにより支給した退職金の金額を会社の純資産から減らすことができる為、会社の価値(自社株の評価)を下げることができます。

遊休資産、含み損のある資産の売却

例えば現状していない土地で、帳簿上の価格が1億円の土地を5千万で売却すれば、売却損の5千万円が純資産より減少となります。

事業承継税制の検討

経営者の相続税対策として事業承継税制を活用するのも有効です。

事業承継税制は、事業承継のために自社株式にかかる贈与税や相続税を納税猶予・免除する制度です。先程お話したように、事業承継に伴い多額の相続税、贈与税が発生すると、納税資金の支払いにより事業が圧迫され、円滑な事業承継が妨げられる要因になります。そこで創設されたのがこの制度です。

具体的には先代経営者から事業承継を受けた後継者が、将来的に次の後継者に事業を承継させることができる場合、本来支払うはずだった相続税または贈与税を全額免除してくれる特例となります。この制度は、中小企業者に該当する会社や個人事業主に適用され、要件を満たす場合、税金の免除が受けられるため、事業承継を円滑に進める上で有用です。また贈与についても適用される制度なので、生前贈与に生かすこともできます。しかしながら、適用されるために多くの要件があることや、納税免除が決定されるまでの期間が長く、定期的に都道府県や税務署に報告をする必要があること、多くの取り消し事由(後継者が代表を退任した、資本金や準備金が減少した等)がある点は注意が必要です。

まとめ

今回は経営者の相続税対策についてのポイントを5つ紹介させていただきました。

経営者の相続は後継者の問題や、自社株式の評価など一般の方の相続にはない問題が出てきます。また現在中小企業の後継者不足が問題となっており、自分が元気なうちに後継者を決め、その教育を図っていくことも大切です。私が信用金庫に勤務していた頃も後継者(長男)の教育に悩まれている社長がいましたが、私からの提案により社長、後継者同席にて中小企業診断士の方の面談を受けて頂いたことがありました。面談により自社の強み、弱みを改めて把握して頂き、今後の方向性を一緒に考える機会をもって頂いたことで、ご長男に経営者としての自覚が芽生えてきたということがありました。当社団には遺言や相続手続、相続税申告の専門家である士業の他、中小企業診断士も在籍しています。経営者の方の相続の他、経営に関する相談にも乗ることができますのでお気軽にお問い合わせください。