皆さんこんにちは。
相続コンサルタントの久保田です。
2023年の税制改正大綱で決定された相続税・贈与税の税制改正がいよいよ目前となってきました。
来年令和6年1月1日から施行されますので、現在生前対策を検討されている方、特に生前贈与を対策として検討している方は、本当に生前贈与が効果がある対策になっているかを今一度ご検討いただきたいタイミングとなりました。
今回は税制改正のおさらいをしながら、今後の生前贈与のあり方を考えてみたいと思います。
来年から相続税・贈与税の何が変わるのか?
まずは相続税・贈与税の税制改正の内容をおさらいしてみましょう。
<改正1>
相続時精算課税制度に年間110万円の基礎控除が創設されました。
まず、相続時精算課税制度は、一度選択すると暦年課税に戻せない制度で、かつ贈与を受けた年は申告が必要な、ややメリットの薄い制度でした。
今回110万円の基礎控除が創設されたことで、年間110万円までの相続時精算課税制度を適用した贈与は申告が不要となります。
かつ、基礎控除110万円を超える贈与額が課税対象になりますので、実質相続時精算課税制度と暦年課税と統合するための下準備のような印象を受けます。
噂では暦年課税が廃止されるといった話も耳にしましたが、現時点では暦年課税が廃止されるという確定的な情報はありませんが、今後相続時精算課税制度に一本化する動きはあるかもしれません。
現状相続時精算課税制度がややメリットの薄い制度と書きましたが、これまでも「相続税の基礎控除以内の相続財産額」である場合や「将来株価が上昇する可能性が高い自社株の事業承継」といった限定的な状況ではお勧めすることがある制度でした。
相続時精算課税制度を利用した贈与は、贈与時点の財産額を相続財産額に加えて相続税を計算する制度のため、前者ではそもそも相続税申告が不要な財産額であれば不動産等の大きな贈与を一度に行えますし、後者では贈与時点の評価額を相続財産額に加えられるため相続財産総額を減少させられるメリットがありました。
今回の改正により上記のメリットは維持しつつ、「110万円以下の贈与であれば申告は不要」「贈与財産額から年間110万円を控除」の2点のメリットだけでも相続時精算課税制度を選択して良いように思います。
大きな注意点としては、小規模宅地等の特例を適用できなくなることでしょうか。
ご存じの方も多いかと思いますが、小規模宅地等の特例は自宅等の土地の相続税評価額を80%オフできる相続税節税の中でも良く使われる特例です。
この特例は相続か遺贈によって不動産を取得した場合に限られるため、事前に贈与で不動産を取得してしまうと、特例を適用できなくなってしまいます。
不動産のように大きな財産を生前贈与で取得しやすい制度にはなりましたが、小規模宅地等の特例を適用すれば基礎控除以下になる財産額で対象の不動産を贈与で取得してしまうと、結果として基礎控除以上の相続財産額になってしまいますので、本当に今贈与していいのかご検討ください。
<改正2>
相続時精算課税制度を適用して不動産を取得した場合、相続税の計算の中では贈与した時点の不動産価額が相続財産に加えられます。
従来はこの不動産価額は贈与後固定されていましたが、改正により、相続時精算課税制度で取得した不動産が令和6年1月1日以降に災害によって一定の被害を受けた場合、その被災価額を不動産価額から控除する事になりました。
相続時精算課税制度では、上記の通り贈与時点の価額を相続財産に加えることになるので、贈与後に価額が上昇すればメリットになる一方、贈与後に下落してしまうと贈与しなければと良かった…となってしまうこともあります。
不動産は経済・金利・市況といった様々な要因で価額変動するため、数年後の価額が読みにくい財産です。特に大地震や火災などによってその不動産価値が大きく下落してしまうこともあり、相続時精算課税制度を適用した不動産の贈与はより慎重に行う必要があります。
今回の改正では、災害は下記の通り幅広く定義付けされており、災害リスクによる不動産価額の下落リスクはある程度軽減できるようになったかと思います。
令和5年度相続税及び贈与税の税制改正のあらましより抜粋
災害とは、震災、風水害、冷害、雪害、干害、落雷、噴火その他の自然現象の異変による災害及び火災、鉱害、火薬類の爆発その他の人為による異常な災害並びに害虫、害獣その他の生物による異常な災害をいいます。
災害リスクは軽減できたものの、単純な不動産価額下落リスクには対応できていないので、引き続き相続時精算課税制度を適用した不動産の贈与は、経済面だけでなく感情面までを考慮して、本当に有効な贈与になるかをしっかりと検討する必要があることは、今まで通り変わらないと思います。
<改正3>
今回の改正の中で、一番注目度の高い改正ではないでしょうか?
改正1・改正2は生前贈与を行なう上で、良い方向の改正と言えますが、改正3は相続開始前に行なった贈与財産を相続財産に持戻して相続税を計算する、持戻期間が延長されることになったので、相続対策として生前贈与を検討する際に悪い方向の改正といえます。
ただし、令和6年1月1日以降は遡って持戻期間が7年間になるわけではなく、下記のように相続発生の時期によって段階的に持戻期間が長くなり、令和13年1月1日以降に行なった贈与から持戻期間が7年間になります。
相続発生の時期は誰にもわからないことなので、従来も不確定要素がある贈与が相続対策として有効なのかを検討した上で、実際に贈与を行なうことをお勧めしてきましたが、今回の改正によって不確定要素が大きくなりましたので、贈与税の110万円の基礎控除以内で数年に渡って贈与するという生前対策は、従来よりも難易度が高くなってしまったかと思います。
<改正4>
こちらは、改正3で延長された持戻期間(相続発生7年以内~3年以上)の中で贈与された贈与財産価額から100万円を控除できることになりました。
贈与税の基礎控除以内で贈与を行う場合、延長された持戻期間の内およそ1年分を控除できることになりますが、改正1~3の内容ほどインパクトが無い改正かもしれません。
改正後は相続時精算課税制度を利用したほうが良いのか?
ここが気になるポイントですが、たしかに今回の改正で相続時精算課税制度は利用しやすくなりましたが、全員にとって相続時精算課税制度が有利になるわけではありません。
贈与する総額はもちろん、相続財産がどれだけあるかによっても相続時精算課税制度を利用したほうが良いか、暦年課税のままが良いかは分かれることになります。
従来どおりですが、一度相続時精算課税制度を選択してしまうと、以降は暦年課税に戻すことはできなくなってしまいますので、今まで以上にどちらで贈与するかのシミュレーションが重要になったと思います。
また、贈与というと相続税対策として検討されることが多いかと思いますが、贈与の注意点として特別受益があります。
特別受益は、遺産分割協議の中では生前贈与があれば相続財産に持ち戻した上で各相続人が相続する財産額を公平に分けるという考え方で、相続税で言うところの持戻し期間がありません。
あまりにも古い贈与の価額を証明することは難しいのですが、偏った贈与をしてしまうと、いざ相続が発生した際に相続人同士で揉めてしまう火種になってしまいます。
贈与が有効な場面は多々ありますが、改正後の贈与は相続税対策効果が薄まってしまうと思いますので、より慎重に明確な目的を持って贈与を行なっていただきたいと思います。
監修:税理士法人トゥモローズ 高畑光伸 税理士