我が家は相続問題とは無縁と思っていても、
予測できないことのひとつとして認知症があります。
厚生労働省は2年後の2025年には65歳の5人に1人が認知症になると推計し、
その数は700万人にのぼるとされます。
家族が、または本人が認知症になると日常生活はもとより、
相続の面でもいろいろと困難が生じます。
今回は家族が認知症になった場合に直面する問題と、その対策について解説していきます。
もし親が認知症になったら困難になること
親が認知症になった場合に、
本人に代わって家族が手続きをしなければならないこととして、以下のことが考えられます。
- 1.預貯金の引き出し
- 2.介護施設等への入所、退所契約
- 3.病院や医療機関での説明
しかし、親が認知症になってから、
これらの手続きを家族がおこなおうとすると困難が生じる場合があります。
親に代わって、親名義の口座から預金を引き出す必要があったとしましょう。
預金の引き出しには名義人本人の意思が必要です。
本人が認知症になると、その意思を確認することがむずかしくなるため、
家族であっても預金の引き出しができない場合があります。
「介護保険サービスを受けたい」「施設へ入所したい」といった場合も、
本人が認知症になると手続きがむずかしくなります。
契約内容の理解や署名などの手続きを本人に代わっておこなうことはもちろん、
介護保険サービスや入所費用の支払いのために親名義の財産を勝手に動かすことは
家族であっても認められていないからです。
このような場合、本人に代わって預金を引き出したり、
療養看護の手続きをおこなうための代理人を立てる必要がでてきます。
それが「成年後見制度」です。
成年後見制度を知ろう
成年後見制度とは、認知症などにより判断能力が不十分な方を保護し、
支援する制度として創設されました。
本人の権利を守る支援者として後見人が定められ、
本人の不利益にならないように財産や不動産を管理したり、
介護施設などへの入所の契約をまとめるなどといったことをおこないます。
成年後見制度には「任意後見」と「法定後見」の二つがあり、
大まかに以下のような違いがあります。
締結時の条件 |
違いと特徴 |
|
任意 後見 |
判断能力が十分にある |
本人が後見人、および代理行為を決める |
法定 後見 |
すでに判断能力に欠如がみられる |
家庭裁判所が後見人を選任。 判断能力に応じて「補助」「保佐」「後見」の3種類がある |
将来に備える任意後見
認知症になる前であれば「任意後見」を選択でき、
将来的に本人の判断能力が衰えたときに備えて、
本人自身がもっとも信頼できる人を後見人として、
支援内容や方法について公正証書で契約を交わすものです。
任意後見人になれるのは、成人していて、且つ裁判所から認められた人物(欠格事由あり)になります。
その条件を満たせば親族以外からも選ぶことができます。
任意後見人は本人が決めることができますが、
任意後見人を監督する「任意後見監督人」が付くことになり、監督人は家庭裁判所が選任します。
任意後見人が後見を開始するのは、被後見人が認知症と診断されてからになります。
判断能力が十分なうちであれば契約を解約することも可能なので、
たとえば配偶者にしていた任意後見人を、後になって子に変更することも可能です。
その場合は、最初に決めた後見人との契約を解約してから、
あらためて次の後見人と契約を結び直します。
任意後見は法定後見と比較すると、より本人の意向を反映できる制度になっているといえます。
認知症になってから申立てする法定後見
対して「法定後見」は、すでに認知症と診断された方のための制度になります。
本人はすでに判断能力に欠如がみられるため、家庭裁判所が後見人を選任します。
申立てをすれば親族でも後見人になることができますが、
成年後見制度が創設された当初とくらべると、
「親族」が選任される割合は90%から20%に下がり、
「子」が後見人になる割合は10%程度とかなり低くなっています。
親族後見人による横領などの不祥事を防ぐため、
またこの制度そのものが本人の財産保護のためにつくられていることから、
近年では一定以上の財産を持つ場合は親族以外から後見人を選ぶことが多くなっています。
親族以外では、士業の専門職が後見人となることが多いです。
親が認知症になると成年後見は必要不可欠?
親が認知症になると、家族は必ず後見人にならないといけない、
もしくは専門家の後見人を立てなければいけないのでしょうか。
個々の事情により一概には言えませんが、後見人を立てずにできることもあります。
親名義の預金を引き出すとき
認知症の親の預金口座から現金を引き出す必要がある場合、
2020年以降は金融機関も生活費や介護費用、
医療費など使途が明瞭で少額であれば、
必ずしも後見人を立てなくても預金の引き出しに応じるような体制ができつつあります。
しかし、すべての金融機関が同じ条件で対応しているわけではなく、
親族間のトラブルの種にならないように成年後見制度を提案して対応するところも多いのが実情です。
施設、介護保険サービスなどの契約の場合
介護保険サービスも家族が本人に代わって手続きをおこなうことがあります。
施設に入所する場合は家族が身元保証人になることが多いので、
成年後見人を立てずにそのまま家族と契約しているということもあります。
ただし、介護費用の支払い面で、本人名義の預金から引き出す必要があるために、
成年後見人がいることを契約の条件とする施設もあります。
法定後見と任意後見 メリットが大きいのはどちら?
成年後見制度は本人の財産を保護するという目的があり、
あくまで制度の対象は本人の権利となっています。
そのため、それまで親の財産を生活費に使っていたり、
親が元気であれば受けとれた資金も、
認知症になってからでは家族であっても自由に動かすことはできません。
そういった点で捉えると、認知症になってから後見人をつける法定後見は、
家族にとってはデメリットを感じることが多いかもしれません。
専門職の法定後見人であれば毎月の報酬の支払いが発生するため、
認知症になってから亡くなるまでの期間が長いほど、費用面での負担がかかります。
任意後見であれば、信頼できる家族を後見人として選ぶことも可能なので、
本人の意向はもちろん、家族と十分に話し合って将来のことを決められます。
元気なうちに財産の管理について話し合っておけることは
相続の点でもメリットが大きいといえるでしょう。
ただし、家族であっても生活費が親子で分離していなかったり、
本人との間で借金があるなどの利害関係があったり、
本人と対立関係にあるといった場合は
任意後見人に選ばれることは難しいと思っていたほうが良いでしょう。
また、本人が亡くなってしまうと財産を管理する任意後見契約は失効するため、
実際の相続については別途、遺言書で残しておく必要があります。
任意後見で家族が後見人になれば、
毎月の報酬の設定も契約時に取り決められるので、
専門職の後見人に報酬を支払うよりも費用を抑えられるメリットがあります。
まとめ
成年後見では、法定後見よりも任意後見の方が本人はもちろん、
家族にもメリットが大きいのですが、
実際には法定後見にくらべると、まだまた浸透していません。
元気なうちに認知症になったときのことを家族で相談するのは難しい面もあるからでしょうか。
また、手間と費用をかけて公正証書で契約を交わしても、
認知症にならなければ執行されないまま本人が亡くなる可能性があることも、
普及につながっていない理由のひとつかもしれません。
備えあれば憂いなし。元気なうちに家族で任意後見について話し合うことで、
将来的に相続もスムーズにおこなえる可能性があるので、検討の余地は大きいといえます。
執筆:砂田 嘉寿子
監修:司法書士法人T-リンクス 小川 直孝 司法書士