相続手続きを進めるには、原則として法定相続人全員の同意が必要です。特に「遺産分割協議」では、すべての相続人が協議に参加し、署名・捺印する必要があり、一人でも不参加であれば手続き自体が無効となります。

しかし、なかには「長年音信不通になっている兄弟がいる」「相続人のうち一人と連絡が取れない」といったご相談も少なくありません。

相続手続きでは、すべての相続人の関与が必要となる場面が多く、行方不明者がいることで手続きがストップしてしまう可能性があります。特に遺産分割協議や相続登記では、「行方不明の相続人を除いて進める」といったことは基本的にできません。

本コラムでは、兄弟と音信不通のまま相続が発生した場合に取るべき対応や手続きの流れ、注意点について分かりやすく解説します。

法定相続人全員で相続手続きを行う理由

相続が発生すると、法定相続人全員が遺産分割協議に参加し、全員の同意を得て初めて相続財産を分け合うことができます。

遺産分割協議は、単なる話し合いではなく法的な合意形成の場です。相続人のうち1人でも署名・捺印が欠けていると、その協議は無効になります。そのため、「誰か一人でも連絡がつかない=協議が進まない」ことになりかねません。

よって、まずは行方不明の兄弟の居場所や状況を調べ、何らかの方法で相続手続きに関与してもらうことが必要になります。

連絡が取れない相続人へのケース別対処法3選

この章では、相続人と連絡が取れないケースを3つのタイプに分けて、それぞれに合わせた対応方法をご紹介します。法定相続人と連絡がつかない方は、ぜひ参考にしてみてください。

【ケース1】居場所は分かるが返事をくれない相続人への対応

手紙や書類を送っても返事がまったくない場合には「相手が相続の話題を避けている」あるいは「争いに巻き込まれたくないと感じている」などの心理的な理由が背景にあることが考えられます。こうしたケースでは、まずは以下の手段を使って粘り強く連絡を試みてみましょう。

・あらゆる手段で連絡を試みる

電話・メール・LINE・書留郵便など、記録が残る方法で連絡を取りましょう。また、住民票上の住所が正しいとは限らず、すでに転居している可能性もあります。可能であれば、現地を訪れて住んでいるかどうかを確認することをおすすめします。

・弁護士を代理人に立てる

第三者である弁護士が間に入ることで、相手の姿勢が軟化することもあります。相続の話に応じてくれない場合や、返事がまったくない場合は、弁護士を通じて連絡を取ることで、状況が動き出す可能性があります。

・家庭裁判所に「遺産分割調停」を申し立てる

いくら相手を説得しても遺産分割協議に応じない場合は、遺産分割調停を申し立てることにより解決を図ることができます。遺産分割調停は調停委員が間に入り、話し合いで遺産分割の方法を決める手続きです。調停に来ない場合でも、最終的には「審判」により分割内容が決定されます。

【ケース2】連絡先が不明な相続人への対応

相手の現住所が分からないパターンでは、住所の調査をする必要があります。以下の方法で居場所を特定しましょう。

・戸籍の附票で現住所を調査する

相続人の戸籍謄本と一緒に「戸籍の附票」を取得することで、過去の住所履歴をたどることが可能です。

行方不明の兄弟を戸籍の附票で探す方法

ここでは、戸籍の附票の見方をわかりやすくご紹介していきます。

例えば、二郎さんのである一郎さんの居場所が分からなくなってしまったケースを考えてみましょう。
父の幸太郎さんが亡くなり、その数年後には母の幸子さんも後を追うように亡くなりました。家族の中で残されたのは、の一郎さんと弟の二郎さんの二人の兄弟です。

一郎さん(兄)は、就職を機に埼玉の実家を離れ、勤務先のある千葉県市川市で生活していました。しかし、その後家族との連絡が一切取れなくなってしまいました。もともと父親との関係が良好ではなかったこともあり、家族の誰も一郎さん(兄)と連絡を取る手段がなくなってしまったのです。

一方、二郎さん(弟)は結婚して実家を出ていますが、両親との仲は良好で実家にもよく顔を出していました。

さて、このような状況で、相続手続きを進めるためには、連絡が取れなくなっている一郎さん(兄)の所在を調べる必要があります。その手がかりとして活用できるのが、「戸籍の附票」です。

まずは、亡くなった父である幸太郎さんの戸籍の附票を取得してみましょう。

戸籍の附票の取り方について詳しく知りたい方はこちらのコラムをご一読ください。

上の画像が幸太郎さん(父)の戸籍の附票です。

戸籍の附票には、同じ戸籍に入っている家族の住所履歴も記載されています。そこから、一郎さんが埼玉県さいたま市の実家を離れ、千葉県市川市へ転出したこと、さらにその後、神奈川県横浜市へ引っ越したことが確認できました。(赤丸の箇所です)

また、附票の情報によると、一郎さん(兄)はまだ結婚しておらず、本籍は実家(埼玉県さいたま市)のままになっていました。

このようにして、一郎さん(兄)が現在は横浜市に住民票を置いていることが分かりました。そこで、二郎さん(弟)は横浜市にある一郎さん(兄)の住民票上の住所を訪ね、兄を探しに行くことができたのです。

このケースを参考に、行方不明の家族がいる場合は、戸籍の附票を利用して住所を探してみましょう。

・現住所が判明しない場合は調査会社や専門家に依頼

探偵事務所や司法書士による調査サポートを受けることも選択肢の一つです。

一般社団法人さいたま幸せ相続相談センターでは、相続人の調査・確定サポートを受け付けております。お悩みの方はぜひ一度ご相談ください。

【ケース3】長期間音信不通で所在不明な相続人への対応

住所地を特定しても、その場所に住んでおらず、連絡がつかないケースも十分にあり得ます。このように、調べても行方が分からない場合は、「不在者財産管理人選任の申立て」や「失踪宣告の申立て」を行うことができます。

不在者財産管理人選任の申立て

不在者財産管理人選任制度は、行方不明者(=不在者)に代わって財産管理や法律行為を行う人を家庭裁判所が選任する制度です。民法では、行方不明の状態が続いている人に対して、その不在者の財産を保全する必要がある場合に申立てが可能とされています。

これにより、行方不明の相続人の代理人(管理人)を立てて遺産分割を進めることが可能になります。

※参考:裁判所 不在者財産管理人選任 

・不在者財産管理人選任|手続きの概要
  • 申立先:不在者の従来の住所地又は居所地の家庭裁判所
  • 申立人:利害関係人(例:遺産分割をしたい相続人)、 検察官
  • 必要書類:申立書
         不在者の戸籍謄本
         不在者の戸籍の附票
         財産管理人候補者の住民票又は戸籍の附票
         不在の事実を証する資料
         不在者の財産に関する資料
         利害関係人からの申立の場合、利害関係を証する資料
・不在者財産管理人選任|ポイント

不在者財産管理人は裁判所が不在者との利害関係を考慮して選任します。司法書士・弁護士などが選ばれることもあります。この管理人が行方不明の相続人に代わって遺産分割協議に参加できるようになります。

失踪宣告の申立て(7年以上行方不明の場合)

7年以上生死不明の状態が続いている場合は、失踪宣告を家庭裁判所に申立てることができます。失踪者本人は法律上「死亡したもの」と扱われ、その相続人が遺産分割協議に参加します。
※参考:裁判所 失踪宣告

・失踪宣告の申立て|手続きの概要
  • 申立先:不在者の従来の住所地又は居所地の家庭裁判所
  • 申立人:利害関係人(例:遺産分割をしたい相続人)
  • 必要書類:申立書
         不在者の戸籍謄本
         不在者の戸籍の附票
         失踪を証する資料
         申立人の利害関係を証する資料
・失踪宣告の申立て|ポイント
  • 要件:7年以上生死が不明(特別失踪=災害などの場合は1年)

宣告を受けると、法律上「死亡した者」として扱われます。しかし、行方不明者が生存していることが判明した場合には、家庭裁判所に失踪宣告の取消しを申し立てることができます。
失踪宣告が取り消されると、その「死亡」は法律上はじめからなかったものとみなされます。

相続手続きを放置することによるリスク

相続人の一人と連絡が取れないからといって、手続きを放置してしまうと、以下のような深刻な問題が起こる可能性があります。

・不動産が売却・活用できない

登記変更ができないため、不動産の売却・賃貸・名義変更などの手続きがすべてストップします。

・預貯金の払い戻しができない

金融機関は相続人全員の同意がない限り、口座の解約・払い戻しに応じません。

・相続税の申告が間に合わない

相続税には「10ヶ月以内の申告期限」があるため、放置すれば加算税や延滞税などのペナルティが発生するリスクもあります。

・将来のトラブルが深刻化する

相続人間の信頼関係が損なわれ、感情的な対立や訴訟に発展することもあります。

専門家に相談することで早期解決へ

相続人と連絡が取れない場合でも、適切な手続きをとれば相続を進めることは可能です。
ただし、法的な知識や手続きには専門性が求められるため、以下のような専門家のサポートを検討することをおすすめします。

司法書士

戸籍の調査や不在者財産管理人の選任手続き、相続登記、遺産分割協議書の作成といった実務面での支援を行います。

弁護士

連絡が取れない相続人との交渉や、家庭裁判所への調停・審判の申立てなど、より法的な交渉や訴訟に関わる場面で力を発揮します。

相続コンサルティング会社

連絡が取れない相続人の捜索だけでなく、相続税や相続した不動産の活用方法など、相続に関する悩みを一つの窓口に相談したい場合は、相続コンサルティング会社に相談することをおすすめします。

まとめ 相続人が行方不明でも諦めずに適切な対応を

相続人が行方不明になると、「どうしていいか分からない」と手続きを止めてしまう方も多いですが、法律にはそのような状況を想定した制度がしっかりと用意されています。

特に、家庭裁判所を活用した制度(不在者財産管理人の選任・失踪宣告・調停)を知っておくことで、冷静かつ適切な対応が可能になります。

遺産分割の遅れは将来のトラブルを招く原因にもなりますので、「なんとなく放置」は避け、早めに専門家に相談してみましょう。
さいたま幸せ相続相談センターでは、相続人の調査・確定サポートを受け付けております。お悩みの方はぜひ一度ご相談ください。

一般社団法人さいたま幸せ相続相談センターでは、相続人の調査・確定サポートを受け付けております。お悩みの方はぜひ一度ご相談ください。

執筆:成田春奈
監修:司法書士NK法務事務所 中嶋英憲 司法書士