皆さんこんにちは。
相続コンサルタントの久保田です。

相続の生前対策のご相談でも、相続した財産のご相談でも、ご所有のアパートやマンションを将来どうしたら良いかといったご相談をお受けすることがあります。

相続人様にとっては、アパートやマンションの経営に携わったことがなく、何から手を付けていいかがわからない方も多く、アパートやマンションをそのまま持ち続けていいかもわからない状態で賃貸経営を始めなければならず、ご不安も大きいかと思います。

まず大きなポイントとして、賃貸経営において、建物の維持管理は避けて通れない重要な責務です。

特に「大規模修繕」は、建物の安全性や機能性を維持し、長期的な資産価値を保つために不可欠な取り組みとなります。
しかし、その実施時期をいつに設定するかは、経営の安定性や収益性に直結する重要な判断です。
単なるコストとして捉えるのではなく、将来の収益を守り、物件の競争力を維持するための戦略的な「投資」と考える必要があります。
適切なタイミングを逃すと、建物の劣化が加速し、修繕費用が増大するだけでなく、入居者の安全性低下や満足度低下を招き、結果的に資産価値の下落や空室リスクの増大という「負のスパイラル」に陥る危険性も指摘されています。  

今回は、皆様が大規模修繕の最適な実施時期を見極めるための判断材料となるよう、その定義から推奨周期、影響要因、判断基準、そして計画策定の重要性まで、解説してみたいと思います。

アパートにおける「大規模修繕」とは?

まず、「大規模修繕」が具体的に何を指すのかを明確にしておきましょう。

これは、時間の経過とともに進行する建物全体の経年劣化に対し、計画的に実施される比較的大規模な修繕・改修工事を指し、日常的な軽微な不具合に対応する「小規模修繕」や、入居者の退去時に行われる室内の「原状回復」とは区別されます。  

一方で、建築基準法で定義される、建築確認申請が必要となるような主要構造部の過半にわたる修繕を意味する「大規模の修繕」とも、一般的に意味合いが異なり、賃貸経営における大規模修繕は、法的な義務というよりも、建物の維持管理計画に基づいて行われるものと捉えていただければと思います。  

アパートやマンションにおける大規模修繕の目的は、以下の通りです。

  • 安全性の確保
    外壁材の落下や手すりの腐食・破損などを防ぎ、入居者や近隣住民の安全を守る。  
  • 機能性の維持・回復
    雨漏りを防ぐ屋根やバルコニーの防水機能、給排水管の性能などを維持・回復させる。  
  • 美観の維持・向上
    外壁の汚れや色褪せを解消し、建物の見た目を良くすることで、入居希望者への訴求力を高める。  
  • 資産価値の維持・向上
    適切な修繕により建物の寿命を延ばし、長期的な資産価値を保つ。

大規模修繕に含まれる一般的な工事内容は多岐にわたりますが、主要なものを以下の表にまとめます。

表1:アパート大規模修繕の主な工事内容と一般的な周期の目安

工事項目一般的な周期(目安)主な目的
外壁塗装10~15年美観維持、防水性向上、下地保護
屋根防水・塗装10~15年雨漏り防止、躯体保護、遮熱性向上(塗料による)
バルコニー・共用廊下・階段 防水・塗装10~15年雨漏り防止、安全性確保(床滑り止め等)、美観維持
鉄部塗装(手すり、階段等)5~10年錆・腐食防止、耐久性・安全性確保
シーリング(コーキング)打替え10~15年外壁材間の防水性確保、雨漏り防止
給排水管 高圧洗浄5~10年詰まり予防、衛生維持
給排水管 更新・更生25~30年漏水防止、水質維持、老朽化対策
給湯器 交換10~15年機能維持、エネルギー効率改善
共用部改修(エントランス等)10~15年周期で見直し利便性・防犯性向上(オートロック等)、バリアフリー化
仮設工事(足場設置等)大規模修繕時安全な工事実施、品質確保

近年では、単に劣化した箇所を修復するだけでなく、オートロックの設置やバリアフリー化など、建物の付加価値を高める「改良工事」を大規模修繕と同時に行うケースも増えています。

これは、大規模修繕を単なる維持管理コストではなく、物件の競争力を高め、将来の収益性を向上させるための投資機会と捉える考え方が浸透してきていることを示唆しています。  

こちらのコラムも気になる方はご覧ください。 

大規模修繕の推奨周期:法令とガイドラインの目安

アパートやマンションの大規模修繕の実施時期として、一般的に「12年~15年周期」が目安とされています。

この周期が広く浸透した背景には、いくつかの要因があります。  

  • 国土交通省「長期修繕計画作成ガイドライン」の影響
    国土交通省がマンションの適切な維持管理を促すために策定した「長期修繕計画作成ガイドライン」において、当初(平成20年版)は修繕周期の例として12年が示されていました。
    これが、多くの新築分譲マンションで初期の長期修繕計画が12年周期で作成される一因となり、業界の慣行として定着していきました。
    その後、ガイドラインは改訂され、現在(令和3年版)では「部材や工事の仕様等により異なるが一般的に12年~15年程度」と、幅を持たせた表記になっています。
    重要なのは、これらはあくまで目安であり、法的な強制力を持つものではないという点です 。  

※参照:国土交通省 令和6年6月改定 長期修繕計画作成ガイドライン

  • 建築基準法に基づく定期報告制度(特定建築物定期調査)
    建築基準法では、建物の所有者・管理者に常時適法な状態に維持する努力義務を課しています。
    さらに、平成20年の法改正により、タイル貼りやモルタル仕上げなどの外壁を持つ特定の建築物(地域により詳細は異なる)は、竣工または前回の外壁改修から10年を経過した場合、3年以内に専門家による外壁の「全面打診等調査」を実施し、特定行政庁へ報告することが義務付けられました。
    この調査には通常、足場の設置が必要となるため、多額の費用がかかります。
    そのため、調査が義務付けられる築10年超~13年以内(つまり12年前後)のタイミングで、足場が必要な大規模修繕工事を同時に実施する方が経済的に合理的であるという判断が働き、12年周期が定着する大きな要因となりました。

  • 主要な建材・設備の劣化時期
    外壁塗装に使われる塗料や屋根・バルコニーの防水材、シーリング材などの耐用年数が、一般的に10年~15年程度で劣化のサインが見え始めることが多いことも、この周期の根拠の一つとされています。  

ただし、この12~15年という周期は、あくまでも目安であり、初回の大規模修繕のタイミングと考えるべきです。
国土交通省が実施したマンション大規模修繕工事に関する実態調査(令和3年度)によると、実際の平均修繕周期は、1回目が15.6年であるのに対し、2回目は14.0年、3回目は12.9年と、回数を重ねるごとに短くなる傾向が見られます。
これは、建物が古くなるにつれて劣化の進行が早まったり、対処すべき箇所が増えたり、より複合的な問題が発生したりするためと考えられます。
単純な繰り返しではなく、建物の状態に応じて、より短い間隔での修繕が必要になる可能性を示唆しており、長期的な資金計画において考慮すべき重要な点です。  

尚、国土交通省の「長期修繕計画作成ガイドライン」は分譲マンションの長期修繕計画作成を目的としていますが、アパートやマンションの大規模修繕を実施する内容や時期の目安として参考にしていいと思います。

アパートやマンションの賃貸経営を続けるためには

ここまで、大規模修繕の概要や実施する時期を説明しましたが、ご所有のアパートやマンションで、これまで大規模修繕を実施していなかった方は注意が必要です。

建物は経年劣化によって価値が下がり、近隣の競合物件と比べて競争力が低下してしまうと、従来通りの賃料を維持できなくなるばかりか、空室が続いてしまうと想定していた事業収支が叶わなくなることもあります。

そこで、建物の価値を維持・向上させるために定期的な大規模修繕が必要になりますが、単純に大規模修繕を実施すれば良いわけでもありません。

昨今では、エリアや間取りによってはそもそも賃貸需要がないこともあり、せっかく高額な費用で大規模修繕を実施しても賃料が得られないこともあります。

冒頭で記載した通り、大規模修繕は賃貸経営を継続するための戦略的な「投資」と捉えていただき、大規模修繕を実施しても賃貸需要が見込めない不動産の場合は、売却して他の不動産を購入することも視野に入れていただくことをお勧めします。

さいたま幸せ相続相談センターでは、不動産の現状分析を行い、将来の賃貸経営のご提案をするサービスもありますので、賃貸経営にお悩みの方はお気軽にご相談ください。