日本は世界でも有数の長寿国として知られています。多くの人が80歳、90歳といった高齢期を迎えるなか、単に「長生きする」ことが当たり前になりつつある時代です。しかし、「長生き=健康寿命が長い」とは限りません。歳を重ねると、病気や介護が必要になるリスクが高まり、医療費や介護費用、さらには生活スタイルの変化に伴う出費など、多岐にわたる経済的負担が増える傾向にあります。また、身体の不調が増えることで精神的な負担も高まりがちです。
相続対策というと、従来は「どのように財産を分割するか」「相続税をいかに抑えるか」といった視点が中心でした。ですが、人が長生きすればするほど、老後の生活に必要な資金を確保することや、健康をいかに維持していくかが大きな課題となります。そして、老後資金とヘルスケアの両面をしっかり見据えたうえで相続対策を進めることが、本人と家族にとっての心穏やかな相続、すなわち「幸福相続」につながりやすいのです。
本記事では、老後資金とヘルスケアをセットで考える重要性を解説しながら、具体的な費用のポイントや予防策、家族会議や生前贈与・遺言書など、よりスムーズに相続を迎えるための実践的アプローチを解説していきます。

なぜ老後資金とヘルスケアの視点が必要なのか?
従来の相続準備の課題:財産分割や税金対策に偏りがち
相続に関する準備と言うと、「どの子どもにどれだけ財産を分けるのか」「相続税が高くならないようにするにはどうすればいいのか」などが主なテーマとして扱われることが一般的です。
特に不動産をどう扱うかや、保険を活用した相続税対策など、資産をどのように分割・評価するかに多くの焦点が当たってきたのです。
しかし寿命が伸びている現在、相続を考えるうえで見落としがちな重大要素があります。それが「長生きによって増加する医療費・介護費」です。財産分割に偏った対策しか講じていないと、当初想定していたよりも多額の老後資金が必要となり、「結局、残すはずだった財産の多くを医療費や介護費に使ってしまった」というケースも増加傾向にあります。
長寿化に伴うリスク:医療費・介護費の想定外の出費
高齢者人口の増加に伴い、医療や介護のニーズはますます高まっています。特に75歳を超えると医療費は急激に増える傾向があり、後期高齢者医療制度があるとはいえ、自己負担はゼロにはなりません。また、要介護認定を受ける方の割合も高齢になるほど増えており、要介護度が上がるほど費用がかさむ仕組みになっています。
さらに、心筋梗塞や脳卒中、認知症など、突然の発症によって急に大きな費用が必要となる場合もあります。こうした「想定外の出費」が続くと、相続対策で準備していた資金が大幅に減少し、結果として相続時に残る財産が少なくなってしまう恐れがあります。
健康と資金の相乗効果
「健康でいること」は、医療費や介護費を抑えるだけでなく、QOL(生活の質)を向上させます。身体も心も元気であれば、家族とのコミュニケーションも活発になりやすく、将来の相続に向けた話し合いもスムーズに進む可能性が高まります。
一方、病気や介護状態になるとどうしても心の余裕が減り、家族の衝突やコミュニケーション不足が発生しやすくなります。結果的に、「相続」にまつわる意思疎通がうまく行かず、トラブルを生み出す要因となってしまうことも少なくありません。
したがって、老後資金の計画とヘルスケアの取り組みを一体化して考えることで、お金と健康の両面で不安を減らし、“心穏やか”な幸福相続へとつなげることができるのです。
老後資金に組み込むヘルスケア費用のポイント
生活費の基本把握
まず大前提として、老後に必要な生活費をしっかりと把握することが重要です。具体的には、以下のような費目をリスト化し、月々の支出を予測してみましょう。
- 固定費:住居費(住宅ローンや賃貸料、修繕費など)、光熱費、通信費(スマートフォンやインターネット代)
- 変動費:食費、日用品費、娯楽費、交際費、交通費など
定年後の収入が年金中心になると、現役時代に比べて収入は減るため、できるだけ早い段階で現状の家計の見直しを行い、無理なく維持できる生活基盤を作っておくことが大切です。
医療費:公的保険・民間保険の活用、高額療養費制度の確認
加齢に伴い医療費が増えていくのは自然な流れです。しかし、日本には国民皆保険制度があり、一定の自己負担額を超えた場合に「高額療養費制度」を利用できます。各個人の所得状況により自己負担の限度額は異なりますが、この制度を理解し、いざという時に備えておくことが必要です。
また民間保険も適切に活用することで、がん治療や先進医療など公的保険ではカバーしきれない部分を補うことができます。保険商品は多種多様ですので、自身の健康リスクや財政状況に合わせて見直すことが重要です。たとえば、持病がある場合は特約をつける、子どもが独立したら死亡保障を減らすなど、ライフステージに合った保険の選択を心がけましょう。
介護費:要介護度別の費用目安を把握(在宅介護・施設介護の違い)
介護費用は、「要介護度」や「どのような介護サービスを利用するか」によって大きく異なります。たとえば、在宅介護であっても訪問看護や訪問入浴サービス、デイサービスなどを組み合わせることで費用が増えるケースがあります。一方、施設介護では入居一時金が数百万円から数千万円にのぼることもあり、月額利用料と合わせて大きな経済的負担になる場合もあります。
要介護認定を受ける前に準備できることは多くありませんが、「いざ介護が必要になったときに、どういった選択肢があるのか?」を家族で話し合い、かかる費用の目安を知っておくことは大切です。場合によっては、早期にグループホームやサービス付き高齢者向け住宅などを検討しておくことで、急な介護状況になっても慌てずに対応できるでしょう。
医療費や介護費にかかわる制度は制度は今後改正される可能性があるため、最新情報を都度確認しながら専門家に相談をするのがオススメです。
余暇・文化活動:認知症予防や生活の質向上につながる活動費も見込む
老後生活は、ただ長生きするだけではなく、どのように豊かに過ごすかが大きなテーマになります。趣味やコミュニティ活動、ボランティア、習い事などを続けることで認知症リスクを下げる効果もあるとされています。こうした「余暇・文化活動」に充てる費用も、老後資金のなかであらかじめ見込んでおくと安心です。
社会とのつながりを保つことで、メンタルヘルスの維持にも役立ちます。結果的に医療費や介護費を抑える効果も期待でき、QOL(生活の質)向上につながります。費用がかかるからと切り捨てるのではなく、心身の健康を保つための必要経費として前向きに位置づけましょう。
ヘルスケア計画:予防と早期発見の重要性
生活習慣の改善:定期健診、適度な運動、禁煙・節酒
老後資金とヘルスケアをセットで考える上で最も大切なのは、「病気や介護が必要になる前に、予防に取り組むこと」です。医療費や介護費を最小限に抑えるためには、定期的な健康診断を受け、適度な運動やバランスの良い食事を心がけることが欠かせません。また、喫煙や過度の飲酒は循環器系の病気やがんのリスクを高めるため、禁煙や節酒も大きな課題です。
生活習慣を若い頃から整えておくことが理想ですが、高齢になってからでも遅くはありません。筋力を維持するための軽い筋トレやウォーキングを取り入れるなど、小さな習慣の積み重ねが未来の医療費を大幅に削減し、健康寿命を延ばす要因になります。
かかりつけ医と専門医:地域の医療機関を活用し、病気の早期発見・早期治療を目指す
定期的に同じ医師に健康状態を診てもらう「かかりつけ医」を持つことも、予防において非常に有効です。ちょっとした変化や不調でも気軽に相談し、必要に応じて専門医の紹介を受けることで、病気の早期発見・早期治療につながります。結果として、重症化を防ぎ、後々の大きな出費を避けることに役立つのです。
特に日本の医療保険制度では、医療費の自己負担割合が定められているため、軽症のうちに治療を行えば費用負担も比較的少なく済みます。「少し様子を見よう」と放置すると、思わぬ合併症を引き起こして入院費がかさんだり、介護の導入が必要になったりする可能性もあるため、早めの受診が鍵となります。
フレイル・サルコペニア対策:軽い筋トレやバランスの良い食事を習慣化
高齢者の健康維持で注目されるキーワードが「フレイル」と「サルコペニア」です。フレイルは加齢に伴う心身の脆弱化を指し、サルコペニアは筋肉量の減少や筋力の低下を指します。これらが進むと、転倒や骨折、寝たきりにつながるリスクが高まります。
こうした状態を予防するためにも、日常的な筋トレ(スクワットや軽いダンベルなど)や体操を取り入れ、タンパク質を意識した食事を摂ることが望まれます。栄養バランスの取れた食事と適度な運動を続けることで、将来的な医療費・介護費の負担を抑えることが期待できます。
フレイルについて関して詳しく知りたい方はこちらのコラムもご一読ください。
メンタルヘルスケア:孤立防止や趣味の継続で心身ともに活力を保つ
身体の健康だけではなく、心の健康も同じくらい重要です。高齢になると仕事を退職し、社会とのつながりが薄くなることで孤独を感じやすくなります。孤独やうつ状態は認知症のリスクを高める要因の一つとも言われています。
趣味や地域活動、友人や家族との交流を積極的に維持することで、メンタルヘルスを良好に保つ効果が期待できます。インターネットやSNSを活用してオンラインコミュニティに参加するのも一つの方法です。心身ともに活力があると、結果的に医療費や介護費を抑え、将来的な相続準備もスムーズになるでしょう。
幸福相続に向けた具体的アプローチ
家族会議の実施:老後資金や健康状態、治療や介護の希望を共有
相続にまつわるトラブルの原因の一つに、「当事者同士の意思疎通不足」が挙げられます。親がどのような治療や介護を希望しているのか、財産をどう扱ってほしいのか、家族が同じ情報を共有しないまま時間が経ってしまい、いざというときに食い違いが露呈するのです。
そこで有効なのが「家族会議」です。定期的に時間を取り、以下のようなポイントを確認・共有しておくことをおすすめします。
- 親の健康状態と将来的な治療・介護の方針
- 老後資金の現状把握と不足分の試算
- 医療保険や介護保険、介護施設の選択肢
- 生前贈与や遺言書の意向
家族会議といっても堅苦しいものではなく、定期的に家族が集まって「もしものとき」のことを話し合う場を設けるイメージです。普段からコミュニケーションを図ることで、相続時の衝突や混乱を最小限に抑えやすくなります。
老後資金について関して詳しく知りたい方はこちらのコラムもご一読ください。
生前贈与と遺言書:財産管理を最適化し、相続時のトラブルを回避
生前贈与は、相続税対策や財産分割の明確化に役立ちます。特に、孫の教育資金といった用途で贈与する場合には、一定の非課税枠(現状1500万円まで)が設けられていますので、法律上の優遇措置を上手に活用すると良いでしょう。
さらに、遺言書を用意しておくことで、財産を巡る家族間のもめごとを回避しやすくなります。遺言書がない場合、法定相続に従って財産が分割されるため、「想定していた人に財産が行き渡らない」「家族の希望に合わない分割になってしまう」などの問題が生じる可能性があります。公正証書遺言など、法的に整備された形で早めに作成しておくと安心です。
遺言書について詳しく知りたい方はこちらのコラムをご一読ください。
任意後見制度の活用:認知症など判断能力が低下した場合に備えて信頼できる人を後見人に
長寿化に伴い、認知症になるリスクも高まっています。認知症などにより本人の判断能力が低下すると、財産管理や契約行為などの法的行為が難しくなります。このような状態に備えて「任意後見制度」を利用する方法があります。
任意後見制度では、事前に信頼できる人(子どもや親族、専門家など)を後見人に指定し、判断能力が低下した際に自分の代わりに財産管理や手続きなどを行ってもらえるように契約を結びます。これによって、予測不能な状況でも本人の意思を最大限尊重しながら適切な管理が行われるため、相続時に混乱や紛糾が生じるリスクを低減できます。
事例紹介
事例A(事前準備を行ったケース)
Aさん(70代男性)は、糖尿病予備軍と診断されたのを機に生活習慣を改善しました。さらに、医療保険を見直して高額療養費制度の上限を確認するなど、医療費が増加しても対応できる準備を整えました。また、家族とも頻繁に話し合い、定期的に家族会議を実施して、財産の分け方や介護方針について情報を共有。
結果として、医療費・介護費を最低限に抑えられる生活習慣を維持でき、家族間でもスムーズなコミュニケーションが図られています。将来的な相続の話題もオープンにできており、Aさん自身も家族も安心して日々を過ごせています。
事例B(放置したケース)
Bさん(80代男性)は、心臓病の既往歴がありながらも医師の指示を守らず、定期健診や治療を後回しにしていました。保険の見直しも怠っていたため、心筋梗塞を起こした際の入院費や手術費用が大きくかさみ、貯蓄が一気に減少。さらに、脳梗塞も併発して要介護度が高くなり、施設への入居費用も追加で必要となってしまいました。
Bさんは財産分割の対策をほとんど行っておらず、結果的に残った財産をめぐって家族間でトラブルに発展。遺言書も用意していなかったため、法定相続分での分割をめぐって兄弟姉妹が対立する事態となりました。医療費や介護費用が想定外に発生したことで資金が大幅に減り、「もう少し早く対策しておけばよかった」と後悔する結果となったのです。
老後資金×ヘルスケアの統合がもたらす“安寧”
要点整理
- 医療・介護費用を踏まえた資金計画:長寿化に伴う医療費や介護費の増大を想定し、公的保険や民間保険、高額療養費制度などを上手に活用する。
- 予防・早期発見でQOLを高めるヘルスケア計画:定期健診や生活習慣の改善で病気リスクを下げる。かかりつけ医や地域医療を活用し、重症化を防ぐ。
- 家族と専門家との情報共有で安心感を高める:家族会議や生前贈与、遺言書の作成、任意後見制度などによって将来のトラブルを予防。
結論
老後資金と健康状態を切り離して考えてしまうと、いざ医療費や介護費がかさんだときに想定外の出費に悩まされ、相続時に残せる財産が大幅に目減りする可能性があります。一方、資金と健康をセットで考えることで、本人は豊かで安心できる老後を送り、家族もスムーズに相続を迎えられる幸福相続が実現しやすくなります。
最終的には、「病気や介護に対する備え」「家族間のコミュニケーション」「専門家のサポート」が三位一体となることで、将来にわたる不安を最小限に抑えられるでしょう。
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専門家の協力を得る
相続対策には法律や税制、保険制度など幅広い知識が必要です。また、医療・介護の観点からも情報を得るには、専門家の力を借りることが近道です。以下のような専門家と連携し、自身の状況に合わせたアドバイスを受けましょう。
- 税理士:相続税や生前贈与の税務面の相談
- 司法書士:遺言書の作成支援、相続登記などの手続き
- ファイナンシャルプランナー(FP):老後資金計画や保険の見直し
- 医療・福祉の専門家:介護サービスの選択肢、医療施設の情報
さいたま幸せ相続センターのサポート
「老後資金とヘルスケアを統合的に考えたい」「具体的な事例に基づいて専門家の意見を聞きたい」といった場合、さいたま幸せ相続センターが行っている多角的なサポートを活用するのも一手です。相続の問題を一括して相談でき、税理士や司法書士、ファイナンシャルプランナー、医療・福祉の専門家とも連携しているため、包括的なアドバイスを受けることが可能です。
相続は「単なる財産分割」ではなく、家族の絆や将来の生活を左右する大きなテーマです。老後資金の確保と健康維持を同時に進めることで、本人も家族も「安定と安心」を得られるでしょう。まずは一歩踏み出して、情報収集や専門家への相談を始めてみてはいかがでしょうか。
さいたま幸せ相続相談センターの財産診断サポートの詳細はこちらをご覧ください。
結びに
長寿社会のいま、老後資金の不足や医療・介護の負担を甘く見ていると、想定外の出費に財産を消耗し、相続時に家族が揉めるリスクが高まります。逆に、健康で生き生きとした生活を続けられれば、医療費や介護費は抑えられ、家族間のコミュニケーションも円滑になり、心穏やかな幸福相続につながります。本記事を参考に、ぜひ「老後資金×ヘルスケア」を両軸にした未来志向の相続準備をスタートさせてみてはいかがでしょうか。
執筆:鈴木林太郎