こんにちは。相続コンサルタントの馬渕です。

自分が晩年ひとりになり、身体が思うように動かなくなってしまった時、誰がどのようにサポートしてくれるのか、考えたことはありますか? 自身が亡くなったあとの手続きは…?

この高齢化が進む日本において、誰もが将来おひとりさまになる可能性があります。現在、配偶者やご家族がいらっしゃる方でも、いつどんなことがあるか分かりません。離婚やパートナーに先立たれることもあるでしょう。法律婚ではないパートナーがいる方も、特に検討を頂きたい内容です。

成年後見人「首長申し立て」最多に

身寄りのない認知症の高齢者らを守るため、市区町村長が成年後見人の選任を裁判所に求める「首長申し立て」の件数が増えています。
最高裁判所によると2023年の成年後見人の申立総数約4万件のうち、市町村の首長によるものは23.6%を占め、その割合は子どもによる申立(20.0%)を逆転したようです。

高齢化や少子化によって身寄りのない単身の認知症の高齢者や障がい者が増加し、本来は後見制度の申立が必要な方への支援が行き届いていない状態になってしまっている事例が残念ながら増えているようです。
このように身寄りのない高齢者の方・障がいのある方の親族等の関係者による後見申立が期待することができないといった課題が明らかになり、平成11年の民法改正の際に、市町村の首長からの後見の申立の権限が付与されました。市町村の首長が成年後見の申立をする場合には、頼れる親族がいないかといった調査を行い本人や家族ともに申立を行うことが難しく、特に必要があると判断された際に行われます。

本来であれば、主に子どもをはじめとする家族・親族が必要に応じて成年後見の申し立てをすることができます。市町村の首長がやむを得ず成年後見の申立をしている事例が増加し、ついには市町村の首長の申立がその件数を超え、今後も件数が増えていくことが予想されます。

成年後見人制度とは?
成年後見制度については、こちらのコラムに詳しくまとめていますので、ぜひご覧ください。

超高齢社会の到来 

令和5年に国立社会保障・人口問題研究所が公表した「日本の将来推計人口」において、令和52年(2070年)、約45年後の予測をしています。今40歳の方が85歳になる年です。

総人口が減少し高齢化率は上昇を続け、令和52年には38.7%に達し、国民の2.6人に1人が65歳以上の者となる社会が到来すると推計されています。総人口に占める75歳以上人口の割合は、令和52年には25.1%となり、約4人に1人が75歳以上の者となるそうです。

また、今後男女ともに平均寿命が延びて令和52年には男性85.89年、女性91.94年となると予測されています。今でも長寿の方は多々いらっしゃいますが、なんと女性については平均寿命が90歳を超えるのもすぐ先です。

このように少子化、高齢化がつづく日本において自身の晩年を安心しておくるためのセーフティーネットや法整備は必須課題と言えます。一方で、私たち自身もしっかりと将来を見据えて対策をすることが求められます。

わたしたちが今、できること ―晩年に備えた対策のご紹介―

「こんなことになるなら、もっと早く対策をしておけばよかった…」なんてことにならないよう、ご自身の晩年を安心・安全なものとするために、今できる備えをご紹介します。

【1財産管理等委任契約】

 「信頼のできる人に、財産管理や日常の事務手続きなどを委任するための契約」

本人が判断能力を有しているうちに効力が生じる契約です。判断能力はしっかりしていても、身体の自由がきかない、手が不自由などの理由で文字の記入が難しくなった場合などに、信頼できる人物との間で交わす契約です。例えば、足腰が弱って銀行などへ出向くのが大変になってしまった、寝たきりになってしまい身体の身動きが自由にきかない、手が震えて文字がかけなくなってしまった。そんな時に、財産管理委任契約があれば財産管理や必要な手続きを受託者へ任せることができます。

受託者(委任を受け財産の管理・処分をする者)には配偶者や親族、子どもに限らず、だれでも指定することが可能です。受任者には、信頼をおける親族・知人へ依頼する方が多いですが、ある程度の負担が生じるものであるため、専門の士業や法人を指定する方も増えてきています。

委任する内容は当事者間で決定します。財産管理等委任契約では、財産の範囲・権限の範囲・報酬・受任者の報告義務等を定める必要があります。全財産を対象とするのか、財産の一部のみを対象とするのか、付与する権限についても細かく指定することが可能です。

委任する内容としては、財産の管理(預貯金や不動産など)や生活費や入院費などのための金銭の引き出しの他、福祉関係施設・病院等への入退院手続き、介護保険の手続きやヘルパーさんとの契約手続きなどが想定できます。

金融機関もセキュリティ意識・コンプライアンス意識が高まり、高額な金銭の引き出しの場合には窓口で本人確認が必須になっていたりと、本人以外の人(家族であっても)が代理で手続きをすることは年々厳しくなっています。このような煩雑な手続きについて、財産管理等委任契約があるとスムーズに手続きが進めることができ、本人の生活をサポートできるようになるのがメリットとなります。特に身寄りのない方については、財産管理等委任契約を結ぶと万が一の際にも安心です。

【2任意後見契約】

「将来病気などで判断能力が低下した際に備えて、財産管理や療養看護の後見人を事前に指定しておくことのできる契約」

認知能力が低下し、日常的な取引や契約ができなくなってしまうと生活に大きな支障が生じます。例えば、銀行で生活費を引き出すこともできなくなれば日常の飲食もままならない状態になってしまったり、病院や施設への入所が必要な状態であっても本人ではその手続きすらできないという状態に陥ってしまいます。栄養失調状態で発見され救急搬送されてしまう、という最悪の状態にもつながりかねません。

任意後見契約は、判断能力が低下した際に家庭裁判所で選任の申し立てを行ってから効力を発揮するため、契約締結時点では効力を持ちません。「将来もし判断能力が低下したら、自身が信頼する人を後見人にしてほしい」と指名し、その人と契約を結ぶことができるものです。

※成年後見制度には、「任意後見制度」と「法定後見制度」の2種類があります。

任意後見制度・・・判断能力がしっかりしているうちに、自分で選んだ人を後見人にしていできる。本人の意思で自由に委任する内容を定めることが可能。

法定後見制度・・・本人に判断能力がなくなってから、家庭裁判所が選んだ後見人が選任される。本人の財産が多額であったり、家族間のトラブルにつながりそうだと裁判所が判断した場合には、本人や家族が希望する人が後見人になれない可能性もあり、司法書士や弁護士などが指定される場合もある。

成年後見制度は、本人の財産を保護する視点に立っているため、不動産や株式などの積極的な運用は原則制限されます。本人の利益とならない行為は、家庭裁判所の許可がおりず行うことができません。例えば、家族へ資産を贈与することや自宅不動産を売却する行為も制限され、家族が困る場合も発生します。

【3死後事務委任契約】

「自身の死後の事務を委任する契約」

    死後事務委任契約では、死亡後のさまざまな事務手続きについて、本人の希望に添った手続きを信頼できる人に依頼するための契約です。具体的には、葬儀の手続き、行政手続き(死亡届の提出や各種保険・税金の手続き等々)、住宅の明け渡し・遺品の整理、公共料金の解約手続き、医療費・施設利用費の清算、関係者への連絡、その他SNS等のアカウントの削除やペットのお世話などなど多岐にわたります。

    このような細かな内容について、どんなことを誰に依頼したいのかを決めて依頼することができます。当然、契約をする際には受託者と事前に契約内容を共有し同意を得ておくことが必要です。

    ―どのように手続きをすればいいの?

    任意後見契約については、任意後見契約に関する法律により、必ず公正証書でしなければなりません。公証人が、本人の意思と判断能力をしっかりと確認し、契約内容が法律に従ったきちんとした内容になるよう作成します。

    財産管理等委任契約、死後事務委任契約はいずれも公正証書にすることは必須ではありませんが、不要なトラブルを避けるためにも、公正証書とすることが望ましいです。公証人への手数料の負担が発生しますが、ご本人のご意思をしっかり引き継ぐためにも公正証書にすることが安心といえます。

    また、受任者を選定する際にも注意が必要です。
    任意後見契約は家庭裁判所の監督下で運用されるのに対し、財産管理委任契約と死後事務委任契約は監督機関が特にありません。自由度が高い反面、契約の内容が監督されるわけではないので、信頼できる受任者を選ぶ必要があります。

    死後事務委任を専門に行う業者なども増えており、近年それらのトラブルの報告も増えてきておりますので、慎重に検証をする必要があります。

    ―誰に相談すればいいの?

    これらの契約書の作成については、経験豊富な終活専門の士業に相談することをおすすめいたします。本人も気が付いていない注意点についても助言をもらうことができますし、公正役場との調整など負担の多い手続きもまとめて依頼することも可能です。

    同時に遺言書を作成することを検討される方も多いでしょう。遠方の相続人と思わぬのちの紛争となることのないようにしっかり内容を精査する必要があります。 

    まとめ

    身寄りのない方やご親族が遠方にいらっしゃる方の晩年を安心して迎えるために有効な制度をご紹介しました。

    財産管理等委任契約と任意後見契約と死後事務委任契約の3つセットで準備をするのがおすすめです。ご自身の身体的な負荷が増えたときに財産管理等委任契約を使用し、そして万が一判断能力が不十分となった際には、任意後見契約に切り替えます。さらに、死後事務委任契約を締結しておけば、亡くなった後の手続きも任せることができます。このように本人の状況に合わせて、段階的なサポートを得ることが可能になります。

    「自分は大丈夫」と楽観的に考えてしまう方も多く、なかなか自身の晩年や死後について具体的に行動を起こすのは億劫なものかと思います。認知症の症状も急速に進むこともあり、気がついたときにはすでに手遅れになってしまっていた…なんてことのないよう、いつ備えをしておいてもよいものです。また、少し心配なご家族やご親族の方がいらっしゃれば、やんわりと終活について考えるきっかけを周囲から与えてあげることも重要です。

    監修:おがわ司法書士事務所 小川直孝 司法書士