はじめに ~デジタル時代だからこそ見落とされがちな相続問題~
現代社会は、あらゆる資産やサービスがデジタル化へとシフトしています。銀行口座の多くはネットバンキングが当たり前となり、証券口座もオンラインで手続きを完結できるようになりました。また、投資対象としてもビットコインなどの仮想通貨やNFT(Non-Fungible Token)などのデジタルアセットが注目を集め、SNSを活用して収益を得る個人クリエイターも急増しています。
しかし、便利さ・新しさの裏側には「相続」という視点で大きな落とし穴が潜んでいます。
もしも口座情報やパスワードを第三者がまったく知らないまま持ち主が亡くなってしまったら、資産は宙に浮いたままロストするリスクがあります。
また従来のような紙の通帳やハンコが残っているわけではないため、相続人が相続財産の存在を知らない・気づかないままになるケースも少なくありません。
そこで今回は「デジタル化時代」特有の相続リスクをテーマに、デジタル資産(仮想通貨・電子マネー・SNS収益)やオンライン証券、ネット銀行などの注意点について解説します。
従来にはない新たな資産カテゴリだからこそ「今のうちに対策しておく」ことが重要です。
自分自身の資産を守るためにも、家族や相続人に余計な負担をかけないためにも、ぜひ最後までご一読頂ければと思います。

仮想通貨・NFT・電子マネー…急増する「デジタル資産」の相続手続き
デジタル資産とは何か
デジタル資産と聞くと、まず思い浮かぶのは仮想通貨(暗号資産)です。代表的なものにビットコイン(BTC)、イーサリアム(ETH)、リップル(XRP)などがあります。これらは、ブロックチェーンという技術を基盤としており、インターネット上で取引される通貨の一種です。
さらに近年では、NFTというユニークなデジタル資産も注目されています。NFTアートやゲーム内アイテム、仮想空間の土地など、唯一無二のデジタルアイテムを売買する市場が形成されており、高額取引が度々話題になっています。
また、電子マネー(PayPayや楽天Edyなど)やSNS収益(YouTubeやTikTokの収益、LINEスタンプの売上)など、従来の金融資産とは異なる形で得られるお金・クレジットが増えているケースもあるのです。
デジタル資産の特徴
- 口座管理がオンライン完結
- アプリやWebサービス上で全ての残高や取引を管理する場合が多い。
- 紙の契約書や通帳などが存在しない
- 従来の銀行口座のようにハンコ付きの書類がないため、家族が見つけにくい。
- パスワード・秘密鍵の管理が鍵
- 仮想通貨の場合、秘密鍵やウォレットを管理する人だけが実質的にアクセス権を持つ。
- 特に仮想通貨は価格変動が激しく、相続のタイミングで大きく価値が上下することがある。
デジタル資産を相続できるのか?
結論から言えば、デジタル資産も相続財産として扱われます。仮想通貨は法定通貨(円やドル)ではありませんが、法律上は「財産的価値を持つもの」として認められ、相続税の対象にもなります。具体的な評価方法は国税庁がガイドラインを示しており、相続時点での時価(取引所のレートなど)を基準に円換算するのが一般的です。
NFTやSNS収益についても同様に、「財産としての価値」があると認められれば相続税の課税対象となります。例えば、高額で取引される可能性のあるNFTコレクションや、月々数十万円の広告収入を生むYouTubeチャンネル権利などは、確実に相続すべき財産として把握しておく必要があるのです。
デジタル資産の相続で起こりがちなトラブル
- 仮想通貨ウォレットや取引所アカウントのログイン情報が故人しか知らない状態だと、残された家族や相続人がアクセスできず、そのまま資産が凍結してしまいます。
- 電子マネーやSNS収益口座など、「実は故人がコツコツ貯めていた」ものを家族が一切知らないまま放置されるケースも珍しくありません。
- 仮想通貨やNFTの値動きは激しく、一日の間でもレートが大きく変化します。相続発生時点での価格をどう算出するか、税理士や専門家のサポートが必要になることがあります。
こうしたトラブルを避けるためにも、生前の段階での情報整理と共有が欠かせません。
生前に備えるための具体的対策
デジタル資産リストを作る
- どの取引所やウォレットに、何の仮想通貨をどれだけ保有しているか(概算の時価も含めて)
- NFTを保有しているプラットフォームや、そのウォレットアドレス
- 電子マネーのアカウント情報、残高
- SNS収益が振り込まれる口座の情報
これらを一元的にまとめておきましょう。「デジタル資産リスト」の存在を伝えておくだけでも、いざという時の発見が格段にしやすくなります。
パスワード管理方法を明確化する
- 紙のメモ帳に書いて金庫に入れておく。
- パスワードマネージャーを利用し、マスターパスワードは紙に記載して厳重に保管(ネットに管理しないことでサイバー攻撃のリスクがなくなる)するなど、複数の手段を組み合わせることでリスクを下げる工夫をする。
- エンディングノートに、主要なログインIDとパスワードのヒントを書く。
- 仮想通貨の秘密鍵はとくに厳重な管理が必要ですが、あまりに厳重にしすぎると相続人が開けられないため、リスクとバランスが重要です。
定期的な更新・見直し
デジタル資産は増減が激しく、新しく口座を開設することも多々あります。リストや管理情報を作っただけで安心せず、定期的に更新する習慣をつけましょう。特に仮想通貨やNFTの相続については、まだまだノウハウが浸透していないのが現状です。いざ相続が発生してから慌てるのではなく、税理士・弁護士・相続コンサルタントなどに事前相談しておくことで、納税や手続きの流れがスムーズになります。
オンライン証券やネット銀行の口座はどう相続する?
オンライン証券やネット銀行の増加
かつて株式や投資信託を買うには、証券会社の店舗に足を運ぶか、電話注文するのが一般的でした。銀行口座に関しても、通帳や印鑑によるやり取りが主流でした。しかし、今や株式や投資信託はオンライン証券で簡単に売買でき、銀行も通帳レスのネットバンクが当たり前になっています。スマホひとつで資産管理が完結し、24時間いつでも取引できる利便性は圧倒的です。
一方、相続の場面を想定すると、この「通帳・ハンコが無い」ことが大きなハードルになる可能性があります。紙の取引履歴がなければ口座の存在に気づきにくいですし、問い合わせの段階でもどこに連絡すれば良いのか分からずに困るケースが多いのです。
口座自体を知らない
先ほどのデジタル資産でも言及しましたが、ネット専業銀行やオンライン証券は紙媒体がほとんどありません。ログイン情報だけが頼りなので、故人が生前に家族へ一切共有していなければ、相続人が口座を把握できないまま放置される可能性が高まります。
問い合わせ窓口がわからない
店舗型の銀行であれば、「最寄り支店に行けばいい」とすぐにわかるかもしれません。しかしネット銀行・オンライン証券の場合はウェブ上の問い合わせフォームやコールセンターへ連絡が必要です。しかも、相続手続きの専用窓口が案外見つけにくい場合もあります。
必要書類が多様化している
相続に関する一般的な書類(戸籍謄本、遺言書、相続関係説明図など)に加えて、各社が独自に指定する書類や手続きが存在します。郵送ベースで行うのか、オンラインでアップロードできるのかなども企業ごとに異なるため、相続人側で混乱するケースが少なくありません。
相続手続きの一般的な流れ
ネット銀行・オンライン証券の相続手続きは、大まかには以下のような流れで進みます。
1、口座の存在確認
故人の遺品や遺族宛のメモ等から口座の有無を特定します。
2、問い合わせ・連絡
特定したネット銀行やオンライン証券の公式サイトを開き、「相続手続き」や「よくある質問(FAQ)」を探して、相続専用の問い合わせ先を確認します。指示に従って電話やメールフォームでサポートセンターへ連絡し、故人名や口座番号などの情報を伝えます。
3、必要書類の取り寄せ・提出
該当会社から郵送またはダウンロードにより、相続の手続きに必要な書類一式を入手し、戸籍謄本や印鑑証明書など、相続人を証明するための公的書類をそろえ、所定の書類とともに提出します。
4、口座凍結・名義変更・払い戻し
相続手続きが開始されると、対象の口座はいったん凍結され、新たな取引(入出金・売買)は行えなくなります。株式や投資信託は、相続人名義への移管、または売却して現金化(払い戻し)する手続きになります。ネット銀行の普通預金などの場合、提出した遺産分割協議書などに基づいて残高を分配する手続きを行います。
5、完了通知
必要書類の不備がなく、手続きがすべて問題なく進むと、相続人の口座へ資金が振り込まれるか、名義変更された口座情報が通知されます。
注意点
メール閲覧に関する法的・倫理的配慮
故人のメールは相続の必要書類や口座情報を確認するうえで役立つ場合がありますが、通信の秘密や相手方のプライバシーも絡むため、慎重な対応が求められます。オンラインサービスの利用規約で「アカウントの相続・譲渡」が禁止されている場合もあり、場合によっては事業者の手続き窓口を通じて必要情報を開示してもらう手段を検討してください。また相続財産が多岐にわたる、相続人間で意見が合わない、メールや電子データの取り扱いに不安がある場合は、弁護士や司法書士などの専門家に相談することをおすすめします。
生前にできる対策・準備
口座一覧を作成し、共有することを検討する
使っているネット銀行・オンライン証券の名称、口座番号、ログインID、(パスワードやPINなどは必要に応じて)を一元管理しておく。
「秘密にしたい」という気持ちがある場合も、最小限の方法として、エンディングノートや秘密のファイルに情報を残すことが重要。
相続専用ガイドのリンクや問い合わせ先をまとめる
たとえば「○○証券 相続手続き方法」「○○銀行 相続手続き 問い合わせ」といったリンクをメモしておき、これを相続人に分かる形で残しておくと非常にスムーズでしょう。
相続人になった人が検索して情報を探すよりも、事前にどこに連絡すればいいのかがわかる状態が重要です。
重要書類は紙でも保管
オンライン明細しか発行されない証券口座でも紙に印刷してまとめておくと、家族が「どの証券会社なのか」「どの程度投資をしていたのか」を一目で把握できるので、デジタルの時代だからこそ紙で保管しておくのもポイントです。
デジタル相続を円滑にするポイントまとめ
見える化で相続人がスムーズに把握できる仕組みを
デジタル化が進むほど、「資産が見えにくくなる」というジレンマが顕在化します。持ち主本人にとってはオンラインでどこに何があるか把握していても、家族や相続人にとっては「何も手掛かりがない」状態になるのが怖いところです。そこで、デジタル資産・オンライン口座を「リスト化して見える化」しておくことが大前提となります。
- リストの作成
- パスワード管理・秘密鍵管理の方法
- アクセス先・問い合わせ先のURLや電話番号
こうした情報を生前にまとめておき、最低限どこを見ればわかるかを関係者に伝えておくことが肝心です。
トラブルにならないための相続コミュニケーション
相続にはお金が関わるため、遠慮や気恥ずかしさから当事者同士で話し合いを避けることも多いでしょう。特に「仮想通貨を持っていると知られたくない」「投資状況を秘密にしておきたい」という方もいるかもしれません。
しかし、いざ自分が亡くなった後、残された家族が資産の存在を知らずに損失を被るのは、本意ではないはずです。最低限の情報共有だけでも生前に行い、相続トラブルを回避することが大切です。
専門家との連携
仮想通貨やNFTなどの新領域の資産は、税務上の扱いも従来とは異なるケースがあり、相続税の申告をどうするかで悩むかもしれません。オンライン証券やネット銀行の口座も、いざ相続手続きを始めると書類の不備や提出期限の問題が起こりやすいです。
そのため、税理士や弁護士、相続専門のコンサルタントと早めに連携しておくと、スムーズに進められます。生前のうちに、「自分の持つ資産の概要と評価額を大まかに確認しておく」「どのように分割・名義変更すればよいか」などをシミュレーションしておくことも有効です。
おわりに ~今こそデジタル相続の備えを~
仮想通貨やNFTといったデジタル資産がニュースを賑わし、オンライン証券やネット銀行が一般化した今、相続の姿も大きく変わりつつあります。デジタル時代の便利さは、多くの人にとって素晴らしいメリットをもたらす一方で、生前に対策を講じておかないと相続時に混乱が生じるリスクが高まります。
「相続財産の存在自体に家族が気づかない」
「秘密鍵やパスワードを誰も知らないまま故人が亡くなってしまう」
「必要書類が多くて、相続人がどこから手をつけていいかわからない」
こうしたトラブルを防ぐには、少しだけ面倒でも、今のうちに何がどこに、いくらぐらいあるのかを整理し、相続人がそれを確認できる仕組みづくりを考える必要があります。
今回の記事をきっかけに、ぜひ一度ご自身の資産の棚卸しについて整理して欲しいと思います。「あ、こんなところにも口座を開いていた」「仮想通貨を少し買ってみたまま放置していた」「電子マネーの残高が意外と溜まっていた」といった発見があるかもしれません。いざ相続が発生してから「あれ、どこに問い合わせればいいの?」と遺族が慌てるのではなく、事前の一手を打っておくことが、デジタル時代の賢い相続対策といえるでしょう。
法改正・最新情報に関する注意
本記事で紹介した内容は執筆時点の法律や制度をもとにしていますが、仮想通貨やNFTなどの新領域では法整備や税制の変更が今後進む可能性があります。実際の相続手続きや税務申告を行う際は、最新の情報を確認しつつ、必要に応じて専門家にご相談ください。
執筆:鈴木林太郎